国は中小企業の廃業支援を

先週、事業再構築補助金の問題点を指摘したところ(6月28日「事業再構築補助金に物申す」)、好意的な反応をたくさんいただいた。否定的な反応も含めて、コメントを寄せていただいた方には感謝を申し上げたい。

ところで、私は弱った中小企業に過度のリスクテイクを促す事業再構築補助金には批判的だが、公的支援そのものを否定しているわけではない。今週は、いまどういう公的支援が必要なのか、という点について考えてみたい。

これまで国は、困難な状況に追い込まれた中小企業を何とか救おうと、事業再生・事業承継・事業再構築など政策支援を展開してきた。中小企業が破綻・消滅したら貴重な技術・ノウハウが失われてしまう、失業が発生する、ひいては地域経済が崩壊してしまう、というロジックだ。

しかし、ここに大きな誤解がある。もし中小企業の技術が本当に貴重なら、破綻・消滅する前に買い手が現れるはずだ。労働力不足の日本では、大半の労働者が他社に転職できるはずだ。経営不振の中小企業が破綻・消滅すると、技術が経営状態が良い企業に移転し、有効活用される。労働者も、不振企業で低賃金でこき使われるより、転職先で賃金が上がりハッピーだ。不振企業の消滅は、経済にとってむしろ大きなプラスになるのだ。

国は、不振企業を補助金漬けで無理やり延命させるべきではない。国がやるべきは、まず、貴重な技術にちゃんと買い手が現れるように、M&A市場を整備することだ。また失業については、労働者が次の職を得られるように、転職市場を整備する、教育訓練を提供する、摩擦的失業での生活を支援する、といった対策が求められる。

さらに一歩踏み込んで国に期待したいのが、廃業の支援だ。現在、コロナだけでなく様々な環境変化に直面し、多くの中小企業経営者が事業意欲を失い、廃業を希望している。中小企業の実態を知らない人からすると、「やめたいなら、さっさとやめればどう?」と考えがちだが、廃業は極めて難しく、強力な政策支援が欠かせない。どういうことか。

日本では、中小企業経営者の多くが自宅など個人の財産を金融機関からの借入れの担保に提供している。そのため、廃業するには、まず金融機関に借金を返済しなければならない。借金を返済せずに廃業すると、経営者は住居を失い、自己破産だ。ところが、不振企業の場合すでに保有資産を上回る借金を抱えており、保有資産を売却しても借金を返済しきれない。本当は廃業したいが、借金が足かせになって廃業できないという状態にある。

借金だけではない。従業員・取引先・地域社会への影響も無視できない。また、業種によっては廃業のための資金が必要だ。私が昔いた石油業界の場合、ガソリンスタンドを廃止するには、地下タンクを掘り起こし、解体し、埋め戻す必要があり、3百万円~1千万円かかる。油漏れが見つかったら土壌改良にさらに数百万円~1千万円かかる。廃業を検討中の不振企業にそんな金はなく、全国で店じまいしたガソリンスタンドが野ざらしになっている。

いま全国に300万人以上いる中小企業経営者の何割かが「儲からない会社経営はもうこりごり。でも、借金を返済するのは無理だし、もちろん自己破産はしたくないし。当面は、国から色んな補助金をもらって、騙し騙し事業を続けるしかないな。でも、いつまでも補助金がもらえるとは限らないし、俺も良い歳だし…」とあれこれ悩んでいる。

ここで、中小企業が円滑に廃業できるよう、国には大きく2つの政策支援が期待される。一つは、中小企業経営者に廃業の決断を促すことだ。時機を失して保有資産よりも借金の方が大きくなると、自己破産や夜逃げ・一家心中といった悲惨に結末を迎える。そうなる前に診断士など専門家が中小企業の経営状態を診断し、早期の決断を促していく必要がある。

もう一つは、すでに借金が上回っている手遅れの不振企業への対応である。これが極めて難題だ。たとえば、国が徳政令(借金棒引き)を出せば中小企業経営者は借金苦から救われ、無事に廃業できるのだが、その代わり全国の金融機関が大ダメージを被ることになる。モラルハザードもまん延する。金融システムを維持し、モラルハザードを回避しつつ中小企業の廃業を円滑に進めるというのは、容易なことではない。

私は、1995年に中小企業診断士を取得し、その年、業界団体である中小企業診断士協会の機関誌に「企業の経営改善を支援するだけでなく、経営が立ち行かなくなった企業の廃業を支援するのも、診断士の重要な役割だ」という記事を投稿した。

当時私は29歳の会社員で、大ベテランの診断士から「若造が偉そうなこと言うな!」「企業を支援する気がないなら、さっさと診断士を辞めろ!」「お前はその言葉を経営者に向かって言えるのか!」と大バッシングを浴びた。ところが、中小企業診断士協会の中谷道達副会長(通産省OB)から「日沖先生の提言は非常に重要だ。プロジェクトを組んで取り組もう」と誘われ、協会の「転廃業指導マニュアル」作成プロジェクトに参画した。

それから早26年。国はその後、金融危機・リーマンショック・東日本大震災・コロナショックなど困難な環境変化があるたびに中小企業の延命策を強化してきた。一方、廃業支援は手付かずのままだ。

ただし、日本の中小企業政策を痛烈に批判するデービッド・アトキンソン氏が菅首相のブレインなったことから、菅政権が10月以降も続くなら、廃業支援が大きく動き出すかもしれない。中小企業経営者や関係者は、大いに注目したいところだ。

 

(2021年7月5日、日沖健)