事業再構築補助金に物申す

コロナの影響で、飲食・旅行・イベントなど多くの業界が壊滅的な打撃を受けている。この苦境を尻目に、ウーバーイーツすら霞む空前の活況を呈しているのが、中小企業診断士(以下、診断士)の公的支援ビジネスだ。コロナ対策で各種の公的支援制度が新設・拡充され、公的支援の実務を担う診断士は、昨春から目が回る大忙しだ。

そして極めつけが、今年導入された事業再構築補助金である。事業再構築補助金とは、中小企業がポストコロナ・ウィズコロナ時代の経済社会の変化に対応するために、新分野展開、業態転換、事業・業種転換、事業再編などの取り組みを支援するものである。中小企業が補助金を申請するには、診断士(や金融機関など)と共同で事業計画を策定する必要があり、いま全国の診断士が関連業務に奔走している。

先々週、事業再構築補助金の第1次募集の結果公表があり、多くの診断士がSNSで「私の支援先が採択されました!」と喜びの声をアップしていた。歓喜に沸き、「よし第2次募集も頑張るぞ!」と意欲を燃やしている知人・友人に冷水を浴びせるのは気が引けるが、今回は、友人を数十人失うことを覚悟で事業再構築補助金の問題点について検討しよう。

以下長文になるが、結論としては「事業再構築補助金は、中小企業の復活にも、日本経済の再生にも繋がらない。むしろ中小企業の破たんの引き金になる」。どういうことか。

コロナで苦境に立たされた企業が事業再構築に活路を求めるというのは、ロジックとしても、経営者の心情としても理解できる。しかし、現実には、事業再構築は口で言うほど簡単ではない。

何らかの理由で経営状態が悪化したら、経営者はまずコスト削減など既存事業の立て直しに努める。既存事業の見直しはリスクが小さく、確実に効果が見込めるからだ。「ラーメン屋が店頭にテイクアウトコーナーを設置する」といった“なんちゃって事業再構築”はこの範疇だ。しかし、業種転換や新規事業といった市場・技術が異なる新分野に挑戦する“ホンモノの事業再構築”は、容易なことではない。よく新規事業の成功確率は10%と言われる。

しかも、今回補助金の対象になっている中小企業の多くは、経営資源が乏しく、既存事業が不振で(売上減少が応募条件になっている)、失礼ながら経営能力が低い。そしてコロナの厳しい経営環境の真っ只中だ。業種転換や新規事業の成功確率は、数%というところだろう。潰れかかった八百屋の店主が突然「IT企業に生まれ変わります!」と言い出したら、まともなコンサルタントは「補助金を使ってやりましょう」ではなく、「ちょっと考え直しませんか」と説得するはずだ。

経営学の研究成果によると、「企業の環境適応能力は、実はかなり低い」「新市場・新製品・新事業といった新分野の開拓は、既存の企業の多角化よりも、起業家の創業によってはもたらされる」ということがわかっている。実際、1990年代以降のITの新領域は、IBMXEROXなど既存企業ではなく、GoogleAmazonなど新興企業によって生み出された。事業再構築に過度な期待をするのは禁物だ。

ここで「診断士が中小企業をしっかり支援して綿密な事業計画を作り、国が厳格に審査をして有望案件に絞って補助金を出せば、何ら問題ないではないか」という反論がある。理屈はまったくその通りだ。しかし、現実はどうか。

今回、事業再構築補助金の第1次募集では、応募22,231件のうち8,016件が採択された。採択率は36%であった。ものづくり補助金など他の補助金に比べるとかなり低い数字で、厳格な審査が行われたと評価する向きもあるようだ。しかし、業種転換・新規事業の難易度の高さや応募企業の経営能力の低さなどを考えると、「宝くじを100回買ったら、36回1億円が当たった」というイメージだ。

私は前職の日本石油(現ENEOS)で経営企画部門やIR部門に所属し、数々の新規事業が失敗に終わるのを目の当たりにした。2002年にコンサルタントとして独立してからは大企業の新規事業開発を支援し、何か月もかけて練り上げた計画が経営陣にあっさり却下されるのを数多く経験してきた。経営資源が豊富な大企業でもこの惨状なのに、徒手空拳の中小企業が診断士と相談して「締め切りに間に合わせるぞ」と2~3週間でちゃちゃっと作った計画が36%も採択されたというのは、コンサルティングの常識では考えられないことだ。

もちろん、計画はあくまでも計画で、実際にやってみないと結果は分からない。ただ、もし採択された8,016件が“なんちゃって事業再構築”でなく、“ホンモノの事業再構築”だとしたら、確率的には95%以上が大失敗に終わるだろう。

さらに看過できないのは、巷では多くの診断士が中小企業に「国から補助金が出るから、私のコンサルティングを受けませんか?」と営業攻勢を掛けているという現実だ。嘘だと思うなら「補助金獲得」か「補助金申請代行」でググってほしい。最終的にやるかやらないかは経営者の判断とはいえ、診断士にそそのかされて事業再構築に挑戦する中小企業が全国で多数出現しているのは間違いない。

既存事業の改善は、失敗しても大きな傷は負わない。しかし、業種転換や新規事業で失敗すると、体力がない中小企業は致命傷を負ってしまう。中小企業が補助金に目がくらんで業種転換や新規事業に挑戦し、失敗し、経営状態が悪化して破たんする、という悲惨な末路が懸念されるのだ。

願わくば国は、事業再構築補助金を即刻廃止して欲しいものだ。と私が吠えても、1兆円超の予算を使って大々的に実施している制度を廃止するのは、不可能だろう。とすれば、個々の診断士は以下の4点を心掛ける必要がある。

    補助金をエサに中小企業にコンサルティングを売り込むことを厳に慎む。

    中小企業から事業再構築補助金の相談を受けたら、事業再構築のリスクを丁寧に伝える。

    事業計画の成功の可能性が低いなら、諦めるように経営者を説得する。

    補助金を申請し、採択されたらそれで終わりではなく、成果実現までサポートする。

事業再構築補助金が中小企業の破たんの引き金を引くことにならないよう、診断士の自覚・責任ある行動を望みたい。

(今回の記事は、国に問題提起、診断士に注意喚起するもので、特定の診断士を批判するものではない。また大半の診断士は①から④をしっかり実践しており、「そりゃそうでしょ」「何を今さら」という受け止めだと思う)

 

(2021年6月28日、日沖健)