先日、高市政権の肝いり政策である戦略17分野の官民投資ロードマップと骨太の方針の骨子案が公表された。戦略17分野に2040年までに370兆円投資する構想である。
この構想に関連業種や株式市場は湧き立っているが、日本経済を浮揚させる効果はあるのだろうか。逆に、国民生活ひいては日本という国家に壊滅的な打撃をもたらすと思う。以下その理由を確認しよう。
最初に、過去の振り返りから。大規模な財政支出は今回が初めてではなく、2000年代以降、繰り返し行われた。とくに2012に発足した第2次安倍政権では、アベノミクスの「三本の矢」として空前の積極財政が展開された。しかし、それによって潜在成長率が高まることはなく、逆に1%を下回るようになっている。過去は大失敗の連続だった。
では、This time is different(今回は違う)なのか。そうであって欲しいが、成功する根拠がまったく見当たらない。
まず、戦略分野が17もあり、実に総花的だ。投資メニューの大半が、各省庁でこれまで実施してきたことの焼き直しである。370兆円という圧倒的な規模で「やります!感」を出しているが、まったく戦略的ではない。
問題は、財政支出が単なるバラマキに終わらず、民間企業の設備投資の呼び水になり、潜在成長率を引き上げるかどうかだ。
日本成長戦略会議の民間メンバーである片岡剛士氏(PwC)は、テレビ東京「日経NEXT」(6月30日)に出演し、「過去はデフレだったが今回はインフレなので、企業が投資を増やしやすい環境にある」と説明していた。しかし、この見解は、現状をまったく見誤っている。
インフレには、ディマンドプル型とコストプッシュ型がある。現在起こっているのは、原材料高・円安・エネルギー高・人手不足といった供給制約によるコストプッシュ型だ。
とりわけ人手不足は、少子化の影響で、今後さらに深刻になる。しかも高市政権は、外国人労働者を抑制しようとしている。巨額の予算をばらまいても、人手不足で投資がなかなか進まないのではないか。
という供給制約の状況で無理やり財政支出を増やすと、インフレが猛進する。足元のインフレ率は2%程度だが、最低でもアメリカ並みの4~5%、10%以上になっても不思議ではない。実質賃金は大幅なマイナスになり、国民はいよいよ窮乏する。
インフレが加速したら、長期金利も急上昇する。現在2.8%の長期金利が仮に10%になったら、現在約30兆円の国債費(国債の利払費+償還費+事務費)が100兆円を超え、年間歳入額115兆円のほとんどが国債費に消えていく。まともな予算編成が不可能になり、医療・介護など社会保障費は廃止に近い大幅削減を余儀なくされるだろう。
このように、巨額の財政支出は、国民生活に重大な悪影響を及ぼす可能性がある。ただ、悪い話はこれにとどまらない。南海トラフ地震だ。
政府の地震調査委員会によると、南海トラフ地震が今後30年以内に発生する確率は「60〜90%程度以上」または「20〜50%」である。中央防災会議によると、南海トラフ地震が発生した場合、インフラや建物の復旧・復興にかかる直接的な費用だけでも225兆円に及ぶ。
今でも財務省は国債の消化で四苦八苦しているのに、370兆円もの財政支出が行われたら、資金調達はいよいよ困難を極める。というテンパった状況で南海トラフ地震が発生したら、投資家は日本を見限り、復興費用は調達不能になり、国土は破壊されたまま放置される。第2次世界大戦に匹敵する壊滅的な打撃だ。
ここまでの話を受けて、高市首相が「やってみないと分からない」「南海トラフ地震はまだ先の話」と国家を滅亡させかねない巨額の財政支出に踏み切るか、それとも思いとどまるか。愛国心が強いと言われる高市首相の真価が試される。
(2026年7月6日、日沖健)