皇族数の確保を巡る議論が活発になっており、今後の皇室のあり方が注目されている。しかし、私はそもそも天皇制・皇室はわが国に不要で、廃止するべきだと考えている。以下4つの理由による。
① 法の下の平等を保障する近代国家の大半では、王など国民の上に立つ存在はいない。天皇は法的には象徴であって王(君主)ではないが、「陛下」「不敬」といった言葉に見る通り、現実には国民の上に立っており、近代国家・日本には相応しくない存在である。
② 佳子さまらが度々不満を訴えていた通り、天皇・皇族の生活は厳しい監視下に置かれ、言論・行動・職業選択などの自由もなく、深刻な人権侵害の状態にある。天皇・皇族が人間である以上、わずか17名とはいえ、人権侵害の状態を放置するのは許されない。
③ 佳子さまら旧皇族の言動から、悠仁さまや愛子さまは本音では「できれば天皇になりたくない」と思っているだろう。積極的に「なりたい」と思う人がおらず、皇太子は即位を拒否できないといういびつな制度を無理に存続させる必要はない。
④ 宮内庁の皇室関係費(警備費用を除く)は年120億円に過ぎないが、天皇制・皇室を廃止し、皇居・赤坂御用地・御用邸(那須、須崎、葉山など)・京都御所など皇室用財産を有効活用すれば、年数千億円の財政改善が期待できる。
もし、こうした問題点が大きく改善されて、天皇制・皇室が無理のない形に生まれ変わるなら、絶対に廃止するべきとまでは思わない。ただ、その場合でも、現在の天皇家・皇族が天皇になるというのは好ましくない。
1944年7月にサイパンが陥落し、いよいよ戦況が絶望的になった頃から、近衛文麿ら宮中派や吉田茂ら外務省の界隈が終戦工作を進めようとした。ところが、昭和天皇は「一撃講和」、つまりアメリカに一撃を与えて国体護持(=天皇制維持)を確約した上で講和することに強く拘り、終戦工作をたびたびけん制した。
その結果、終戦工作や和平交渉は遅れに遅れ、1945年8月の終戦まで全国各地の空襲や広島・長崎の原爆投下を招いた。一橋大学・吉田裕教授らの研究(『日本軍兵士』など)によると、全戦没者約310万人のうち91%(約281万人)が1944年以降の戦争末期に死亡したという。
昭和天皇の戦争責任というと、開戦時の御前会議を中心に議論が行われ、「責任なし」となっている。しかし、意図的に終戦を遅らせたという点で、重大な「責任がある」のではないか。多くの日本人の命を奪った昭和天皇の子孫である現在の天皇家を日本の象徴に戴くことには、強い抵抗感がある。
ところで、そもそも日本人は天皇制についてどう思っているのだろうか。SNSでは、「日本は天皇を中心とした国家だ」「もし天皇がいなくなったら日本人のアイデンティティが崩壊する」といった意見ばかりが幅を利かせているが、本当のところはどうか。
若い世代を中心にかなりの数の日本人が、本音では「天皇制なんて、別にあってもなくてもいい」と考え、「でも右翼のオジサンに絡まれたら面倒だから、黙っておくか」と沈黙しているように思う。
天皇制・皇室には色々な問題点があるが、国民が委縮して「言いたいことを言えない」という状態になっているのが、自由を愛する私にとっては最大の問題である。せっかく皇室制度を見直そうという機運が高まっているのだから、天皇制廃止を含めてゼロベースで議論を期待したいものである。
(2026年6月8日、日沖健)