私が1997~98年に留学したMBAは非常に多国籍で、クラス65名中、アメリカ人はわずか6名だった。6名のうち5人はまともな人間だったが、エリック(Eric Gustafson)は問題人物で、大いに閉口した。
エリックは湾岸警備隊(US Coast Guard)に所属する軍人で、愛国主義者だ。そして人種差別主義者だ。とくに黄色人種が嫌いで、中でも私を毛嫌いしていた。英語が下手くそなのに成績が良く、クラスの人気者だった私が気に食わなかったようだ(信じられないだろうが、私はブラジル人・アルゼンチン人・ペルー人・ロシア人などから大いに慕われた)。
ある日、エリックから「I’ll hit you!」(お前をぶん殴るぞ!)と脅かされた。流石に殴られなかったが、「いい大人が、そんなこと言うか?」と少し驚いた。それよりも驚き、今も強く印象に残っているのが、次の言葉だ。
「昭和天皇がなかなか戦争をやめようとしないから、俺たちは原爆を落としてあげたんだ。原爆投下で戦争がようやく終わり、日本人は全滅せずに済んだ。いまお前がこうして生きているのは、アメリカのお陰だ。深く感謝しろ」
という経験をしたので、その後、どんなに変な奴に出会っても驚かなくなった。とくにアメリカは多様な国なので、エリックのような問題人物にお目にかかっても、「ああ、またいるね」というくらいだ。原爆投下には感謝しないが、エリックのお陰で人間の幅が広がったことには感謝している。
いま、世界で最悪の問題人物と言えば、金正恩でも習近平でもプーチンでもなく、ダントツでトランプ大統領だろう。トランプ大統領の度重なる愚行によって、世界が大混乱に陥っている。世界中で「トランプはとんでもない」とブーイングが起きている。
しかし、私はトランプ大統領本人のことは別に何とも思わない。エリックと同じで、「アメリカにはよくいる変なヤツ」というだけだ。
ただ、問題人物のトランプが大統領に選ばれたことは、看過できない。アメリカでも問題人物は白い目で見られ、大半のアメリカ人は冷静な判断ができると思っていた。アメリカ人がこんなに愚かだったとは、不可解かつ残念だ。エリックは当然トランプ大統領に投票したはずだが、残りのアメリカ人5人がトランプ大統領に投票したのか、大いに気になる。
いま、多くの日本人が「トランプを大統領に選んだアメリカ人はちょっとどうかしている」と憤慨している。しかし、日本人はアメリカ人のことを批判できるだろうか。
先の衆院選で、高市首相率いる自民党が地すべり的な圧勝を収めた。アメリカと違って日本は直接選挙ではないが、8割以上の人が高市内閣を支持しており、国民が高市首相を選んだと言って差し支えない。
高市首相は、もちろん、人間としてはトランプ大統領よりもはるかにまともだ。しかし、政治家としては、わが国では近年まれに見る問題人物である。
何より、肝心要の経済政策が支離滅裂だ。経済学部1年のテストで「インフレ時に財政支出を増やすべき」と書いたら、不合格で2年に進級できない。安全保障政策についても、台湾有事発言で日中関係を悪化させ、わが国を危険な状態に陥れた。トランプ大統領のノーベル平和賞受賞を支持したり、「世界の平和と繁栄を実現できるのはドナルドだけ」とヨイショしたのは、笑えない冗談だ。
もし日本人が政策を度外視して「初の女性首相」「何だか期待できそう」「寝ずに頑張っていて凄い」というノリで高市首相を支持しているとすれば、トランプ大統領の「MAGA」に熱狂するアメリカ人と大して変わらない。
選挙でリーダーが選ばれるアメリカでも日本でも、問題人物がリーダーになっている。ましてや、中国のような一党独裁や北朝鮮のような世襲だと、問題人物がリーダーになるのを防ぎにくい。まともな人間がリーダーにならない、それともなれない、いやなりたがらないとすれば、世界は実に危険な状態にあると言えそうだ。
(2026年3月23日、日沖健)