1月16日、山手線と京浜東北線の全線を始め東海道線などが新橋駅・品川駅間で停電の影響で運転を見合わせた。JR東日本によると、利用客約67万3000人に影響が出た。1月23日にも埼京線が十条―赤羽間での車内トラブルの影響で、上下線で運転を見合わせた。この影響で京浜東北線、高崎線、宇都宮線も運転を見合わせ、多数の利用客に影響が出た。
三大都市圏への人口集中が起きた1960年代から「通勤地獄」という言葉が使われるようになった。それから半世紀以上に渡って色々な対策が進められたが、今回のようなトラブルで大混乱に陥っているのを見ると、依然としてこの問題は解決されていないようだ。
通勤地獄の原因は、はっきりしている。都心に勤務先があり、従業員が郊外から通勤していることだ。原因がはっきりしているから、事業所の郊外・地方への移転、在宅勤務といった対策を取れば良いのに、と思う。
会社側がそうした対策を取らないのは、日本人の住生活に対する要求水準が極めて低いからだろう。つまり、多くの経営者は「わが社の従業員は、狭小な住居でも、夜露さえしのげれば文句を言わずに住み続けて、1時間以上満員電車に揺られてちゃんと会社に来てくれる。だったらコストを掛けて対策するのはバカバカしい」と考えている。
と言うと、「いやいや、要求水準が低いのではない。都心のマンションを買いたいが、高くて買えないから仕方なくそうしているだけだ」という反論があるかもしれない。
しかし、仮にお金持ちになって都心にマンションを買って住んだとして、それが豊かな住生活と言えるだろうか。都心のマンションに住みたいというのも、住生活に対する要求水準が低いと個人的には思う。
都心には緑がない。空気が汚い。人が多くて息が詰まる。子供の遊び場もない。マンションの場合、部屋は狭いし、壁一枚隔てた隣り部屋が犯罪組織のアジトになっているかもしれない。職場に近いというのはたしかにメリットだが、そもそも通勤のし易さを最優先して住む場所を決めるというのが、非常に残念な発想だ。
真に豊かな住生活とは、周りの環境が良く、その住居に住むこと自体が幸せに感じられる状態ではないだろうか。欧米の富裕層が郊外のプール付きの広い邸宅に住んでいる通り、通勤に便利というだけの都心のマンション生活は、理想でもなんでもない(Aさんなどには失礼!)。
もう一つ、日本人の強烈な持ち家志向も、大いに疑問だ。持ち家があると簡単には住まいを変えられない。そのため、自宅に縛られて、進学・就職といった人生の選択をしてしまう。持ち家の家庭で親が子供に「自宅から通える大学を受験しなさい」と諭しているのを見ると、暗澹たる気持ちになる。
人は、学生・会社員・老後とライフステージが移っていく。家族の数も、結婚し、子供が生まれ、離婚し、子供が家を出て、増減する。であるなら、ライフステージや家族の数に合わせて住む場所や住居の広さを柔軟に変える方が、充実した人生を送れるのではないか。
つまり、1つの持ち家に住み続けるのではなく、賃貸住宅に住んで機動的に住み替えるというのが、真に豊かな住み方である。
国は、戦後、住宅ローン減税などで国民の持ち家取得を強力に支援してきた。一方、借家法が借りる側に極めて有利であるため、家主が賃貸物件の提供を躊躇し、優良な賃貸物件が不足している。ここは、持ち家推進から賃貸推進へと抜本的な政策転換を期待したい。
また企業や中央官庁には、事業所の郊外・地方移転と在宅勤務を推進して欲しいものだ。事務所のコストが減り、従業員の通勤による疲弊が解消され、モチベーションが上がる。経営者には、従業員の幸福と自分が銀座・赤坂で飲み歩くことのどちらが大切か、問いたい。
近年、働き方改革で日本人の働き方は少し変わりつつあるが、あまり変わっていないのが住み方だ。今年は、“住み方改革”が始まる1年にしたいものである。
(2026年1月26日、日沖健)