貯蓄好き・投資嫌いで知られる日本人だが、政府の「貯蓄から投資へ」という呼びかけや新NISA導入などを受けて、このところ投資熱が急速に高まっている。この流れを受けて、投資について教える金融教育が盛んになっている。
国民が金融知識を高めるのは、もちろん良いことだ。ただ、実際に行われている金融教育を見ると、疑問を感じるものが多い。
中でも個人的に大いに問題だと思うのが、株式投資などの資産運用を疑似体験する講座だ。機関投資家の社員・OBなどの講師が高校・大学などに出向いて、受講者に投資家になってもらい、シミュレーションゲームをして資産運用や企業経営・資本市場の仕組みを学んでもらうという授業である。
実際に参加した高校生・大学生からは、「資産運用の世界を体感できた」「株式投資って面白い!」「企業経営や資本市場の仕組みがよく理解できた」といった肯定的な声が多いようだが、さてこれを喜んで良いものか。
株式投資は、長期的には経済成長に合わせて株価が上がるので、プラスサムゲームだ。しかし、短期売買は、誰かが勝ったら別の誰かが同じ金額を負けるので、ゼロサムゲームである。正確には、手数料と税金がかかるので、マイナスサムゲームだ。マイナスサムゲームの短期売買は、投資というよりギャンブルである。
資産運用講座は、ほとんどが半日か、せいぜい数日だ。「A社株を買いました。1年経って利益が出て株価が上がりました。さて売りますか? 継続保有しますか?」などと長期投資の体裁でやっているが、実際には半日の講座の中で売買する。やっていることは短期売買そのものだ。講師は長期投資を教えているつもりでも、受講者は短期売買を学ぶ。
つまり、資産運用を疑似体験する講座は、前途有望な日本の若者にギャンブルのやり方を教えているわけだ。文部科学省は、こうしたギャンブル講座を学校教育の場で実施することを、全面的に禁止するべきだと思う。
では、金融教育が必要ないかというと、そうではない。国際的にみて日本人の金融リテラシーが低いことは明らかで、逆に金融教育を質量ともにもっともっと充実させる必要だ。
では、どういう金融教育が必要か。
金融教育というと「資産を大きく増やしたい」という国民の欲求に応えることだと考えがちだが、そうではない。それよりまず必要なのは、現在の金融教育ではスルーされているが、国民が悲惨な目に遭わないために欠かせない、以下のような知識を教えることだ。
① 個人的なお金の貸し借りはできるだけしない
② サラ金を利用してはいけない
③ 連帯保証人になってはいけない
④ 住宅購入でペアローンをしていけない
⑤ カードを必要以上に持ってはいけない
⑥ 理解できない金融商品を買ってはいけない
おそらく、②③には金融業界、④には金融業界・不動産業界、⑤にはカード業界、⑥には投資信託業界・生命保険業界から猛反発があるだろう。しかし、国民が豊かな人生を送るためには必須の知識ばかりだ。ぜひとも、高校生に正規の授業の場で教えて欲しいものである。
(2025年9月1日、日沖健)