このところ、配当方針にDOE(Dividend On Equity、株主資本配当率)の数値目標を掲げる上場企業が増え、ちょっとしたブームになっている。DOE=配当額÷株主資本で、株主の持ち分である株主資本に対して配当をどのくらいの割合で支払うかを示す指標だ。
過去を振り返ると、ビジネスのブームはだいたいロクなことがないのだが、DOEの場合はどうだろうか。
DOEがブームになる前は、配当性向の目標を掲げる日本企業が多かった(現在も主流)。配当性向=配当額÷当期純利益で、その年の当期純利益から配当をどれくらいの割合で支払うかを示す指標だ。
DOEは、配当性向と考え方は似ているが、利益と違って株主資本はブレが少ないので、DOEでは配当性向よりも配当額が安定しやすい。つまり、DOEの目標を掲げる企業は、安定配当を目指していることを意味する。実際に株主総会や経済誌のインタビューなどで、「当社は安定配当で株主に報いていく方針です」と表明する経営者は多い。
「安定配当じゃいけないの?」と思うかもしれないが、以下の通り、問題が大ありだ。
まず、理論から。モジリアーニとミラーは、完全市場で税金や取引コストが存在しない場合、配当政策は株式価値に無関係であることを示した(ノーベル賞を受賞したMM命題)。当期純利益はすべて株主のものであり、それを配当しようが内部留保に回そうが、置き場所が違うだけで株主には損も得もない。理論的には、配当政策は「どうでもよい」わけだ。
では、税金や取引コストが存在する現実の市場ではどうか。
個人投資家は、配当を大歓迎する。とくに老い先が短い高齢者は、「いつ値上がりするかわからいない成長株はごめんだ。いますぐ配当を払って欲しい」ということで、高配当株を好む。しかし、機関投資家は配当を受け取って頭を抱えてしまう。
配当が機関投資家の銀行口座に入金されたら、金利ほぼゼロの銀行口座に遊ばせておくわけにはいかない。機関投資家は、次の投資先を探す必要がある。
もし今の投資先が成長していて今後も株価上昇が見込めるなら、所得税20.4%を差し引かれて受け取った配当を次の投資先を探したり、今の投資先に再投資するよりも、配当せずに株価上昇を享受する方が合理的だ。
逆に、投資先が成熟し衰退に向かっているなら、機関投資家は株価が下落する前に配当を受け取って、別の成長企業に投資する方が合理的だ。
つまり、現実の市場では、「成長企業は配当をするべきではない、成熟・衰退企業は配当をするべき」という結論になる。安定配当ではなく、企業の将来性を勘案して柔軟に配当を増減させるというのが正解だ。
「そんな馬鹿な」と思うかもしれないが、以上は私が勝手に考えたことではなく、標準的なファイナンスの教科書に書かれていることだ。
実際に、マクドナルドやマイクロソフトといったアメリカ企業は、急成長していた創業から数十年間は無配で、成長が止まったら配当を開始している。日本企業も、高度成長期の頃は低配当だったが、成熟期の現在は配当水準が上がっている。現実とも符合している。
DOEという新しい横文字の目標を掲げると、「最先端の経営トレンドを取り入れる優れた経営者」と思いがちだが、まったく逆だ。「DOE」「安定配当」と高らかに謳う経営者は、不勉強を恥じて欲しいものである。
(2025年8月25日、日沖健)