6月23日の日経新聞によると、中小企業庁は中小企業のM&A(合併・買収)を手掛けるアドバイザー資格を2026年度にも創設するという。
中小企業経営者の高齢化に伴いM&Aの需要が拡大しているが、悪質な仲介を繰り返す仲介業者が多く、トラブルが後を絶たない。今回の新資格は、悪質な仲介業者を排除し、M&Aが健全化することを目的としている。
悪質な仲介には色々なパターンがあるが、ほぼ仲介手数料がらみである。
M&Aの仲介手数料は、成功報酬の比重が非常に高く(「着手金ゼロ」「完全成功報酬」を謳う業者が多い)、仲介業者は売り手と買い手の双方から手数料を受け取る。仲介業者は、M&Aが成約すれば一攫千金で大儲けできるが、破談になったらタダ働きだ。そのため、案件が出てきたら、どんな手を使ってでも成約させようとする。
たとえば、桑田工業という会社について、桑田社長が「10億円以上で売れるなら売却したい」、別の会社を経営する清原社長が「桑田工業を買収したい。6億円までなら出せる」と希望しているとしよう。このままでは、売買が成立しない。
そこで仲介業者は、桑田社長には「現実を直視してください。御社のようなオンボロ会社は6億円まで価格を下げないと売れませんよ」と、清原社長には「桑田工業のような掘り出し物は、滅多にありません。10億円以上出さないと買えませんよ」と伝える。そして、6億円から10億円の間で無事に売買が成立し、仲介業者には数千万円の手数料が入る…。
これに対して中小企業庁は、2015年に「中小M&Aガイドライン」を制定し、2021年に「M&A支援機関登録制度」を創設するなど、対策に努めてきた。しかし、事態が一向に改善せず、ついにブチ切れて、資格制度の導入というより強い措置に出たようだ。
多くの中小企業が悪質な仲介業者の食い物にされている現状を鑑みると、政策の方向性としては間違いではない。しかし、この新資格によって悪質な仲介業者が駆逐されるかというと、現実はかなり厳しいだろう。
まず、新資格がどこまで認知されるかが大きな課題だ。70年以上の歴史を持つ中小企業診断士(以下「診断士」)ですら多くの中小企業経営者が「診断士? 何ですかそれ?」という状況で、新資格を広く中小企業経営者に認知させるのは容易ではない。
仮に新資格が十分に認知されるようになったとしても、新資格の保有者(おそらく税理士や診断士といった専門家が多い)が大手仲介業者の猛烈な営業攻勢・宣伝攻勢にどう対抗するかという課題がある。「悪貨が良貨を駆逐する」状態が目に浮かぶ。
ということで、新資格によってこの問題が解決することはなく、混沌とした状態がまだまだ続きそうだ。
ところで、私の周りには、M&Aビジネスに関わっている診断士が多数いる。バリュエーション(買収価格評価)をする者、仲介をする者、PMI(買収後の経営統合)をする者…。診断士は、M&Aの光と影にどう向き合っていくか、改めて真剣に考える必要がある。
それ以前に、廃業の問題がある。M&Aで会社を売却できるのは、資産価値のある勝ち組み企業だ。全国にはM&Aの俎上に上らず、廃業を選択するしかない負け組み企業の方が圧倒的に多いわけだが、その話は長くなるので、また別の機会に。
(2025年6月30日、日沖健)