私事だが、この4月に損害保険会社に入社した次女の最初の配属先が決まった。6月から横浜を離れて遠い地方で勤務することになり、本人はかなり当惑している。
近年、転勤は従業員に不人気らしい。リクルートワークス研究所が先月公表した調査結果によると、人事異動にまつわる出来事のうち退職を考えるきっかけになったのは、「望まない勤務地への異動」が、「望まない上司のもとへの異動」「役職の降格」などを抑えて最多になった。
昭和の時代、日本では総合職なら全国どこにでも転勤するのが当たり前だった。男性が働き、女性は専業主婦という家庭が多く、男性の転勤に伴い家族も転居するのが一般的だった。しかし、共働き世帯が増え、家族で転居するのは難しくなり、転勤は社員・家族に多大な犠牲を強いるようになっている。
日本最多の従業員を抱えるNTTは、2021年9月に転勤や単身赴任を原則廃止する方針を表明した。富士通・JTBなど多くの大企業も同様の方針で、転勤や単身赴任が「昭和の遺物」になろうとしている。
NTTの澤田純元社長が転勤を敵視したように、転勤は従業員の家庭を引き裂く非人道的な行為である。労働者が人間らしい家庭生活を営むために、今後も転勤廃止の動きが広がることを期待したい。
ただ、転勤廃止に当たって、検討するべき点がある。
一つは、解雇の問題である。日本では、整理解雇が厳しく制限されている代わりに、会社側に強力な人事権が認められている。これは、ある部門の経営状態が悪化して余剰人員が発生しても、他部門に異動させることによってできるだけ解雇をしないようにすることが、会社に事実上義務付けられているわけだ。
ここで整理解雇が制限されたまま転勤が廃止になると、企業は余剰人員に対処する方法を失う。経団連などがかねてから要望している通り、整理解雇の要件を緩和する必要があるだろう。もしこれを怠ると、人員整理の手段を失った企業は昭和の時代のような陰湿な退職勧奨(「追い出し部屋」など)を復活させかねない。
もう一つは、転勤のリーダー養成機能だ。よく「ジョブ型雇用のアメリカでは転勤がない」と言われるが、やや正確ではない。大半を占める一般従業員は、決まった場所で決まった仕事をし続けるが、将来を嘱望される幹部候補は、世界中どこにでも転勤させられる。
これは、色々な仕事を経験し、グローバルな視点を養うことが、リーダーとして活躍する上で極めて大切だということだ。日本でも、全面的に転勤廃止とするのではなく、転勤を繰り返して昇進する幹部候補と転勤しない一般従業員を明確に分けて処遇する必要があるだろう。
私は、新卒で日本石油(現ENEOS)に入社し、最初、大阪支店に配属された。辞令をもらった時は「え、大阪かよ」と思ったが、大阪では与信管理・事業再生など今の仕事に繋がる数々の貴重な経験をした。また、アメリカへの社費留学とシンガポールの駐在勤務でグローバルな視点を養った。転勤で私を成長させてくれた会社には、感謝の言葉しかない。
という私の昔話を次女に伝えたが、さてどこまで響いただろうか。次女が転勤をどう受け止めて、これからどういうビジネスライフを送るのか、大いに楽しみである。
(2025年5月5日、日沖健)