物価高は本当に大問題なのか?

いま、7月の参院選に向けてガソリン税の暫定税率廃止や消費税減税が取りざたされている。昨今の物価高騰に苦しむ国民からの悲鳴を受けて、野党が国民に寄り添ってこの問題に立ち向かうことをアピールしている。

しかし、物価高は本当に大問題なのだろうか。「大問題に決まってるだろ!」「お前はアホか!」とおっしゃらず、少しお付き合いいただきたい。

まず、現在の物価水準を確認しよう。3月の消費者物価の総合指数は2020年を100として111.1、前年同月比は3.6%の上昇である。四半世紀に渡ってデフレ経済で暮らしてきた日本人が「猛烈な物価高」と感じるのは無理もないが、世界を見渡すと10%以上の国が珍しくなく、3.6%というのは極めて妥当な水準だ。

妥当な水準というのは、政策的にも言える。日銀が世界でも異例な規模の金融緩和で多大な犠牲を払って目指した物価上昇率は、2%だった。デフレスパイラルで長期低迷に陥っていた過去四半世紀とマイルドなインフレで経済が活性化してきた現在のどちらが良いかと日銀や経済学者に尋ねたら、答えを聞くまでもない。

しかし、国民に尋ねたら、「300円で牛丼が食えたデフレ時代が懐かしい」という声が多いのではないだろうか。こうしたデフレに賛同する国民の声が出てくるのは、物価上昇に見合った賃金上昇が実現していないからだ。

最近、都市部の大手企業の大幅な賃上げが報道されているが、地方の中小企業には十分に波及しておらず、物価上昇分を差し引いた実質賃金上昇率はマイナス基調が続いている。物価高そのものは問題ではなく、賃金上昇が不十分なことこそが問題なのだ。

とすれば、政府がやるべきことは、賃金上昇に繋がるような改革だ。賃金は長期的には労働生産性によって決まるから、企業が生産性を高めることができるように、無駄な規制をなくし、経済の構造を改革する必要がある。

また、国はアベノミクス以降、とりわけコロナ禍以降、競争力を失った企業に助成金・補助金をつぎ込んで延命を支援してきた。しかし、ゾンビ企業が満足な賃上げをできるはずがない。ゾンビ企業を淘汰し、そこで低賃金で働く労働者が円滑に生産性の高い産業に移れるように労働市場を改革するべきだ。一言でいうと「供給サイドの改革」である。

百歩譲って物価高対策が必要だとしても、消費税やガソリン税の減税は、需要を刺激して物価高を招くので逆効果だ。インフレには、コストプッシュとディマンドプルインフレがある。円安で輸入物価が上がっているし、日本人は大してコメを食べないのに作り手不在で値上がりしているように、日本で起こっているのはコストプッシュインフレだ。

つまり、本当に議論するべきなのは、減税による物価高対策ではなく、「供給サイドの改革」である。という声(経済学者の多くが主張している)を無視し、目先の選挙だけを見て「とにかく減税」と叫んでいる野党は、実に嘆かわしい。

なお、こうした主張に対しては、「そうは言っても、物価高で生活が困窮している世帯がある」という反論がある。この問題については、広く国民に減税するのではなく、生活困窮者などに受給対象を絞って給付金を支給する方が合理的だろう。

今回、国民の「物価高は困る」という声に引っ張られて、消費税という国家の根幹をなす重要な税制が変更されようとしている。アメリカでもトランプ政権が共和党支持者の一部のデカい声に応えようと、暴走・迷走している。民主主義の限界やSNS社会の問題を強く意識してしまう。

 

(2025年4月28日、日沖健)