経営者の最も大切な要件

前職の日本石油(現ENEOS)財務部で資金調達の仕事をしていたとき、取引銀行の営業担当者Aさんと知り合った。Aさんは東大卒で、社費でMBA留学を経験したエリート行員である。当時、Aさんも私も30歳くらいだった。そのAさんが雑談で、「私は将来、経営者になりたいと思っています」と言った。

経歴的にその銀行で大出世することを目指しているのかと思ったら、そうではなく、「起業します!」とのことだった。当時、私の頭には「起業」という文字はなかったので、「へぇ」とあっけに取られた。

「そうは言っても、本当に起業するのかな?」と思っていたら、その後Aさんは、実際に銀行を辞めて起業した。そして、数社で経営者を経験し、現在、ある上場企業で社長をしている。その企業はAさんの改革が実を結んで、業績は絶好調である。Aさんは、経営者という仕事が向いていたようだ。

私は企業の幹部育成研修や社会人大学院(MBA)の講師をしている関係で、「(経営者など)リーダーになるために一番大切なことは何ですか?」という質問をよくいただく。

質問に対し、「リーダーになろうとすることです」とお答えしている。禅問答をしているわけではない。

昨今のように経営環境が厳しくなると、リーダーの仕事は難しくなる。リーダーが一つ判断を間違えると、会社を傾かせ、社員やその家族を路頭に彷徨わせてしまう。リーダーは困難な環境の中で重い責任を負っている。

では、リーダーが重い責任を負って苦労を重ねたら十分に報われるのだろうか。日本では、仮に社長になっても新入社員の数十倍の報酬しか得られない。社会的にも、昨今の不祥事の影響で、「トップ=組織を代表して謝罪する人」という程度の位置づけで、尊敬の対象ではない。金銭的にも、社会的な名声という点でも、リーダーが十分に報われることはない。

つまり、リーダーというのは、仕事がたいへんで、責任が重く、その割に報酬面でも社会的な評価の面でも報われない、一言でまとめると「割に合わない役割」「理不尽な存在」なのだ。合理的な思考をする若者が、わざわざリーダーになりたがらず、フォロワーやプロフェッショナルになろうとするのは、ある意味当然だろう。

繰り返すが、リーダーは理不尽な存在である。その理不尽さを理不尽だと思わず、「俺がやらなきゃ誰がやる!」と困難な役割を進んで引き受ける覚悟を持っている人が、リーダーとして真に活躍できるということなのだ。

よく大手企業の新任社長の就任の記者会見で、「社長になるとは思っていなかった」「前任社長の路線を踏襲したい」という情けないコメントを耳にする。そういうリーダーとしての覚悟がない社長が、大きな改革を成し遂げられるとは思えない。「出世競争の最終ステージ」「上がりのポジション」という社長が多いことが、日本がダメになった原因の1つだろう。

Aさんのように、若い頃からリーダーになることを目指すのが理想だ。優れたリーダーとして活躍するには、意欲だけでなく能力と経験が必要で、研鑽と経験を積む時間が必要だからだ。

ただし、最初は自覚がなくても、仕事をするうちにリーダーの仕事・役割に興味を持ち、社会・顧客・他の従業員に貢献したいと思うようになることがある。リーダーの発掘や育成で何がしかの貢献をできればと思っている。

 

(2024年11月25日、日沖健)