昨年、大手コンサルティングファームに勤める友人K君と会ったとき、私が長年お付き合いしている専門商社に関する話題になった。私がその専門商社を「お客さん」と呼んだところ、K君から「お客さんって、日沖のクライアントという意味だよね」と確認された。
K君が「お客さん」をわざわざ「クライアント」と言い換えたのはなぜだろう。尋ねたら、次のように説明してくれた。
「別にカッコつけて言っているわけじゃないよ。“お客さん”だと、日沖自身のお客さんなのか、その商社のお客さんなのか紛らわしい。コンサルティングのお客さんはクライアント、それ以外は、売上先とか仕入先とか取引銀行とか分けて呼ぶ方が明快でしょ」
先週、中小企業診断士(以下「診断士」)のSさんとお話しする機会があった。Sさんは経営改善計画策定のお手伝いしている小売業者のことを「支援先」と呼んだ。私はいつものように「お客さん」と呼んだ。30分間ずっと、同じ会社のことをSさんは「支援先」、私は「お客さん」と言い続けた。
Sさんだけでなく、多くの診断士が自分の取引相手を「支援先」と呼ぶ。公式な場では「ご支援先様」という聞きなれない呼び方をする診断士もいる。
どうして診断士は「支援先」と呼ぶのだろうか。直接の理由は法律だ。診断士という国家資格の根拠法が中小企業支援法なので、かつての中小企業指導法が衣替えして同法ができた2000年から「支援先」と呼ぶのが一般的になった。
ただ、法律の名称がチョロっと変わったくらいで「支援先」という呼び方が一気に普及したのは、診断士に「お客さん」とか「クライアント」という言葉を使いたくないという心理があったからだろう。とくに公的支援で活動している診断士は、次のように考えている。
「われわれは中小企業にコンサルティングを提供しお金儲けをしているのではない。困っている中小企業を支援しているのだ。国から報酬をいただいているが、コンサルティング料をもらっているのではなく、支援活動に必要な最低限の費用をいただいているだけだ」
企業からお金をもらうコンサルティングは悪いこと、お金をもらわない支援は尊いこと(ボランティア活動のイメージ)というわけだが、果たしてそうだろうか。
企業が金を払うコンサルティングと金を払わない公的支援の最大の違いは、企業・コンサルタントの真剣さである。
企業は、いい加減な仕事をするコンサルタントに高い報酬を払いたくない。コンサルタントも企業に納得して報酬を払ってもらうために、必死に頑張る。実際に成果が出るかどうかは別にして、企業もコンサルタントも真剣そのものだ。
一方、公的支援では、「とにかく補助金が欲しい。それ以外の余計なアドバイスとかはノーサンキュー」という中小企業経営者が圧倒的に多い。診断士の方も、補助金を取って収入を得ることに注力し、手間のかかる経営改善を敬遠する。中小企業も診断士も真剣さが足りない。
もちろん、例外はある。たとえば、大手企業が箔つけのために敢えてガイコン(外資系ファーム)を億単位の報酬で起用する場合がある。中小企業の懐に入り込んで二人三脚で支援する診断士もいる。幸い、私の知り合いには、真剣な企業、真剣な診断士が多い。
ただ、補助金の不正受給やそれを“支援”する診断士が続出し社会問題になっている通り、例外はあくまで例外だ。例外的な良い支援、真剣勝負があるからといって、コンサルティングを悪、公的支援を善だとする「支援」という言葉を使う気にはなれないのである。
(2024年6月10日、日沖健)