定年制が廃止になったら

経済協力開発機構(OECD)は先月、2年に1度の対日経済審査の報告書を公表した。その中で、急速な高齢化と労働力人口の減少という課題に対処するために、定年制を廃止するよう勧告している。

国内ではあまり注目されていないが、定年制廃止は、いま政府・企業・労働者(組合)が真剣に考えるべき重要テーマだと思う。

日本では当たり前の定年制だが、諸外国では必ずしも当たり前ではない。アメリカでは、定年制は年齢による労働者の差別に該当するとし、連邦雇用差別法で禁止されている(警察官や消防士といった職種では、例外的に定年制を設けることができる)。EU諸国の一部やオーストラリアなども同様だ。

世界では、近年、定年制の縮小あるいは廃止が着々と進んでおり、世界で最も高齢化する日本では、待ったなしの課題であろう。

定年制廃止は、企業にとってはまったく歓迎できないことだ。体力・知力ともに衰えた高齢者でも働ける仕事・職場を作るというのは、容易なことではない。高齢の労働者が増えることで、生産性の低下と賃金コストの上昇が必至だ。

逆に、労働者にとっては朗報だ。日本では、老後の資金に不安を持つ国民が多く、定年制廃止でこの問題がかなり解消されるだろう。内閣府「高齢者の経済生活に関する調査」によると、「75歳くらいまで働きたい」(11.9%)「80歳くらいまで働きたい」(4.8%)「働けるうちはいつまでも」(20.6%)となっており、定年制廃止で人生の選択肢が大きく広がる。

問題は、企業にとって大迷惑、労働者にとって万々歳という歪んだ状態が長続きするのか、という点だ。おそらく企業側は、定年制廃止による負担増を受けて、次のような対応を取るだろう。

    高齢社員(など生産性が低い労働者)を賃下げする

    高齢社員をリストラする

    人をできるだけ使わない事業構造に転換する

    国内の事業活動を縮小し、海外にシフトする

このうち、①②は高齢社員を直撃するが、③④も雇用機会が減少し、長期的に労働者にとって不利益になる。つまり、労働者が一方的に得をするというバラ色の未来は長続きしにくいのだ。

ここで、企業の利益と労働者の利益をバランスさせるために検討する必要があるのが、解雇規制の緩和である。

日本では、企業が正社員を解雇することを厳しく制限する代わりに、定年による一律解雇で人件費が膨張するのを防いでいる。定年制廃止で人件費膨張の歯止めがなくなることから、「ならば解雇規制を緩和してよ」という企業の主張になる。実際に経団連は、過去3度に渡って「解雇の金銭解決」(手当を支払って解雇できる)の導入を政府に提言している。

「解雇を認めろ」という企業側の主張には、当然ながら組合・労働者から「首切りはもっての外」という猛反発があるだろう。

しかし、「解雇の金銭解決」を導入して透明な形で解雇するのと、導入せず陰湿なリストラが横行するのでは、どちらが良いか。よく考える必要がある。

また、現在、企業はいったん正社員として雇ったらどんなに“ハズレ”でも解雇できないので、正社員の雇用を極力抑制し、切りやすい非正規雇用を増やしている。もし解雇規制が緩和されたら、企業は“ハズレ”を気にせず安心して正社員を雇うことができるので、正社員の雇用量が増え、日本の雇用環境は改善する。

つまり、「解雇の金銭解決」によって、労働者と企業側の双方にプラスとなる可能性があるわけだ。早急な検討を期待したい。

 

(2024年2月5日、日沖健)