日本の常識は世界の非常識

新春と言えば、恒例の箱根駅伝。学生ランナーが風光明媚な湘南・箱根をはつらつと力走する姿を見ると、「よし、今年も頑張るぞ!」と新鮮な気持ちになる。

駅伝発祥の日本では、箱根だけでなく、全国各地で数多くの駅伝大会が行われている。ところが、海外ではほとんど行われていない。同じ長距離走のマラソンも、日本では大人気だが、海外ではさほど人気ではない。

1998年4月に留学していた米ボストンでボストンマラソンを沿道で観た。当時女子の世界記録を持っていたファツマ・ロバ選手が心臓破りの坂を猛スピードで駆け抜けていく姿に大いに感激した。翌日、MBAのクラスメイトのアメリカ人に感激を伝えたところ、思い切り馬鹿にされた。

「マラソンって、ただ延々と走っているのを見て、何が面白いわけ? あんな展開がスローで単調な競技は、アメリカ人には耐えられない。苦悶の表情を浮かべて走る人を見て感激するって、タケシも性格がおかしくないか?」

と言われて、「日本ではマラソンが大人気だよ、駅伝という競技があるんだよ」と言えなかった。たしかに、ボストンマラソンでは、沿道の観客がまばらだった(おかげでロバ選手の力走を目の前で観ることができた)。駅伝やマラソンが人気という日本の常識は、アメリカでは非常識のようだ。

日本の常識は、世界の常識と大きく異なる。この当たり前の事実を忘れてしまうことが多い。とりわけコロナ禍の過去3年間、海外との人の行き来が制限されたことで、海外との違いをさらに意識しなくなったかもしれない。

駅伝・マラソンなどスポーツや趣味の世界は、日本の常識が世界の常識と違ってもさして問題ない。しかし、世界の市場で世界の企業と競い合うビジネスの世界では、世界に目を向けないわけにはいかない。この点、日本企業の内向きな姿勢は大いに心配だ。

たとえば、数年前から多くの日本企業がアメリカに倣ってジョブ型雇用の導入を進めている。その中で、「ジョブ型雇用ではどうやって従業員を評価したら良いのか?」と議論されている。

しかし、アメリカのジョブ型雇用では、そもそもできるだけ評価をしない。評価をすると、どうしても依怙贔屓や不適切な評価が起こるので、労働組合が会社側に組合潰しのための不正人事をさせないよう、評価をしないように強く要望してきた。日本のアルバイトと同じように、「レジ打ちの仕事を1時間1000円でやってください」と採用し、ちゃんとやれたら次の年も同じ条件で雇用する、「こいつはアカン」と思ったら解雇する。

新人を含めて全ての正社員を精緻に評価するというのは日本特有の労働慣行であり、現在、日本企業が進めているのは「日本式のジョブ型」と言える。という事実を忘れてもし日本企業が海外拠点で「ジョブ型雇用」を展開し全正社員を評価したら、大混乱になるに違いない。広く世界に目を向けて、グローバルに通用する人事制度を構築する必要がある。

過去3年間、海外との交流がなかった状態に居心地の良さを感じる日本人が多かったのではないだろうか。しかし、人手不足が深刻化する今後は、海外から人材・資金の流入が途絶えたら、国民の生活も企業の活動も立ち行かなくなる。今年こそはスイッチを入れ直し、海外と活発に交流する一年にしたいものである。

 

(2024年1月1日、日沖健)