トリガー条項の凍結解除は愚策

岸田文雄首相は先週22日の衆院予算委員会で、揮発油税(ガソリン税)の一部を減税する「トリガー条項」について、「凍結解除も含めて与党と国民民主党で検討したい」と述べた。

トリガー条項とは、レギュラーガソリンの全国平均価格が1リットル160円を3カ月連続で超えた場合、ガソリン税53.8円のうち25.1円分の上乗せ課税を止める措置である。現在は2011年の東日本大震災の復興財源を確保するため凍結中だ。今回、岸田首相は、物価対策を求める国民の声に押されて、凍結解除について言及した。

まだ、凍結解除が本決まりになったわけではないが、個人的には、以下の3つの理由から凍結解除に反対である。

第1に、財源の問題がある。鈴木俊一財務相は24日の閣議後の記者会見で、トリガー条項の凍結解除について「国と地方で1.5兆円もの巨額の財源が必要になる」という認識を示した。

国や大都市圏はともかく、産業が少ない地方では、ガソリン税が重要な財源になっている。税収が減ったら別の財源を確保しないと、破綻するか、行政サービスの縮小を余儀なくされる。いま多くの自治体が瀕死の財政状態にあり、トリガー条項の凍結解除が自治体の破綻のトリガー(引き金)になったら、シャレにならない。

第2に、そもそも物価対策が必要なのか。いま多くの国民が物価上昇に悲鳴を上げているが、税制を変えるほどの重大な問題なのだろうか。

近年、日本経済はデフレに悩まされてきた。政府・日銀は2012年以来、デフレ脱却を目指して金融緩和を続けてきた。金融緩和の目標インフレ率が2%で、デフレでも過度なインフレでもない理想的な水準である。長年多大な犠牲を払ってようやく手に入れた理想の状態で国民が大騒ぎしているのが、私にはちょっと理解できない。

なお、仮に将来インフレが加速し物価対策が必要になったとしても、ガソリン車ドライバーにしか恩恵が行かないガソリン税の減税は不適切だ。日銀が利上げし、円安を食い止めることが、もっとも適切な対策である。

第3に、環境対策という点でも疑問符がつく。凍結解除によってガソリン価格が安くなると、ガソリンの消費量が増えるだろう。これは、脱炭素に向けた世界的な取り組みに反することになる。

かつてオイルショックを機に省エネが進んだように、ガソリン価格の高騰を脱炭素に向けた取り組みを加速させるきっかけと捉えるべきではないか。むしろ岸田政権は、トリガー条項を廃止し、脱炭素へのわが国の決意を国民や世界に示すべきだと思う。

ところで、今回たいへん残念なのは、岸田首相の政策がブレまくっていることだ。

岸田首相は昨年、1兆円の防衛増税を表明したが、今年、国民の不満の声が上がったら、実施を延期し、所得税の減税に踏み切った。今回のトリガー条項の凍結解除も、直後に鈴木財務相が懸念を表明した通り、政府内で事前にしっかり検討した形跡がなく、場当たり的だ。

「国民の声に耳を傾ける」「国民に寄りそう」というと聞こえが良いが、政治家は自分が信じる政策を実現しようと努めるのが本来の姿だ。政権維持が目的化し、選挙で勝つために税制という根幹の政策をコロコロ変えるというのは、本末転倒である。

いま日本には様々な問題がある。その中でも、政権維持のために政策を変えるという「政治屋」が国のリーダーに就いていること、また就くことができてしまう政治システムが、最大の問題ではないかと思う。

 

(2023年11月27日、日沖健)