先週、ある行政機関から「中小企業の経営者のリスキリング」についてヒアリングを依頼された。「経営者なら行政から支援されなくても、自分で工夫して学習すればいいでしょ」と思ったが、それでは身も蓋もないので、引き受けた。中小企業経営者のスキルはどういう状態で、どういう学習ニーズがあり、行政としてどう支援できそうか、あれこれ意見交換をした。
1時間ほどの打ち合わせを終えて、ふとリスキリングという言葉について考えた。re-skillingを日本語に訳すとreは「再び」、skillingは「技能の習得」、つまり「技能を再習得すること」である。この訳語から私は、リスキリングについて次のような勝手なイメージを抱く。
会社員の尾矢二郎さん(仮名、48歳)は根っからの勉強嫌いで、受験勉強をして以来30年間、学習から遠ざかってきた。パソコンが使えず、職場では足手まといになっている。最近、上司から「せめてパソコンの基本操作くらいできるようになってくれよ」と言われて、渋々パソコン教室に通い始めることにした…。
世間でもリスキリングというと、対象者は「冴えないオジサン」、学ぶのは「ITスキル」という感じだが、本当にそれで良いのか。冴えないオジサン以外にも多くのビジネスパーソンがリスキリングを必要としているし、ITスキル以外にも学ぶべきことが色々あるのではないか。
経営者と言えば、世間的には「イケてるオジサン」の代表格。ただ、高度な経営知識を持ち、英語で海外の経営者と渡り合えるという経営者は、意外と少ない。法務・会計といった分野でも、弁護士や会計士の資格を持つ専門性の高い従業員は少ない。まして一般的な分野では、AIが発達・普及したら大半の従業員が「スキルなし」とみなされるに違いない。
また、尾矢二郎さんのように超久しぶりに「ヨッコラショ」と勉強することや教室に通ったり資格を取得したりするというのも、何もしないよりははるかにマシだが、いかがなものか。
市場・顧客・競合が変化し、ビジネスで使う技能はどんどん進化している。ビジネスパーソンはスキルを常に最新のものにしておく必要があり、何年かぶりにまとめて学習するよりも、少しずつでも毎日学習することが望ましい。学習の習慣化がポイントで、re(再び)という表現は違和感がある。
各種の国際調査から、日本の小中学生の基礎学力は高いが、大学生・社会人と進むにつれて優位性がなくなると言われる。日本では、継続的な学習ができていないことは明らかだ。
多くの日本人にとって学習(勉強)は、大学受験までの一時的な“苦行”で、できればやりたくないことである。昨今のリスキリングでも、よく「コスパ」「タイパ」「お得な資格」と言われるように、最低限のことをできるだけ簡単に済ませようという意識が強い。
「好きなこそものの上手なれ」と言われるように、いやいや机に向かうのと楽しんで学ぶのでは、学習効果がまったく違う。昨今のリスキリングのブームで、単に最低限のスキルが身に付くというだけでなく、日本人が学習好きになり、自らテーマを立てて自発的に学び、自身の人生を切り開いていくようになることを期待したい。
(2023年9月18日、日沖健)