物価対策は必要なのか

物価高(インフレ)が社会問題になっている。日本では、つい2年前までデフレからの脱却が経済の最重要課題だったが、コロナによるサプライチェーンの分断やウクライナ侵攻などによる資源価格の高騰を受けて、インフレが進んでいる。各種世論調査でも、物価高が国民の最大の懸念事項になっている。

先週22日、政府の「物価・賃金・生活総合対策本部」は、低所得世帯への給付金に加え、電気料金やLPガスの負担軽減策などを盛り込んだ、総額で2兆円余りとなる追加対策を決めた。マスメディアの報道やネット掲示板を見ると、給付金に対してはバラマキ批判があるものの、物価対策を進めるということ自体に、国民の異論はないようだ。

しかし、個人的には今回のような物価対策には反対だ。財政支出による物価対策は不要だし、長期的にはむしろ経済・国民生活にマイナスになるからだ。なぜか。

仮に、政府の対策が功を奏して物価高が沈静化したら、世の中はどうなるだろうか。単純に言うと、2年前までのデフレ状態に戻るということだ。

デフレでは、製品の販売価格が下落する。企業は、同じ販売数量だと売上高が減ってしまうので、利益を維持するには賃金などコストを下げるしかない。過去20年以上、賃金が抑制されてきたのは、デフレの影響が大きかったのだ。

いま、昨年来のインフレを受けて、多くの企業が積極的に賃上げをしている。インフレ率以上の賃上げが実現するのか、中小企業まで賃上げが広がるのか、という懸念はあるものの、「デフレ→賃下げ」より「インフレ→賃上げ」の方がはるかに良いことは間違いない。政府の物価対策は、せっかく盛り上がっている賃上げの動きに水を差してしまうわけだ。

もう一つ、地球温暖化対策に逆行するという点も無視できない。地球温暖化が深刻化していることを受けて、世界各国がカーボンニュートラルを目指し、炭素税など化石燃料への課税を強化している。昨年のガソリン補助金や今回の電気料金・LPガスの負担軽減策は、こうした動きに真っ向から逆らうものだ。

そうは言っても、企業・家計は経済環境の変化に柔軟・迅速に対応できるわけではないので、インフレであれデフレであれ、物価が激しく変動する局面では、一定の安定化対策が必要になる。

ただし、対策の主役は、今回のように政府(財政出動)ではなく、日銀(金融政策)であるべきだ。日銀(など中央銀行)は、よく「物価の番人」と言われる通り、物価を安定させることが使命である。物価が下がったら資金供給を増やし、金利を下げる。物価が上がったら資金供給を減らし、金利を上げる。

日銀は、デフレ対策として2013年に「異次元の金融緩和」でゼロ金利政策を導入した。最近、緩和の長期化で弊害が目立つようになり、昨年すでに目標の物価上昇率2%を上回っているのに、頑なにゼロ金利政策を堅持している。日銀は、「物価の番人」という使命を放棄している。

日銀は、「異次元の金融緩和」で国債を大量に購入してきた結果、2022年末で564兆円の国債を保有している。雨宮副総裁の昨年12月の国会答弁によると、1%の金利上昇で日銀が保有する国債に28.6兆円の評価損が発生するという。日銀の自己資本は5兆円しかないので、1%と言わず0.2%利上げすれば実質債務超過になってしまうわけだ。

もし、日銀が債務超過になったら、円に対する信認が失われ、円安・インフレが加速する可能性が高まる。つまり、日銀は、自身が生き延びるために、今後も「物価の番人」という使命を放棄し、低金利を続けざるを得ないわけだ。

もちろん、これは中央銀行の歴史を振り返っても、世界的に極めて異常な事態である。4月から就任する植田和男新総裁がどのように日銀を正常化していくのか、大いに注目したい。

 

(2023年3月27日、日沖健)