コンサルタントが本を書く動機

このたび、『クリティカルシンキング・トレーニング77』を刊行した。ビジネスパーソンの必須スキルとして注目を集めるクリティカルシンキングについて、77問の問題と解答・解説で学んでいただく、トレーニングブックである。思考力を高めたい方やGMAP・国家公務員試験など難関試験の準備をしたい方には是非お読みいただきたい。

ところで、私はこれまで多くの本を出版しているため、ビジネス書の出版を希望する知り合いのコンサルタント(中小企業診断士)から「私の出版企画書をチェックして欲しい」「出版社を紹介して欲しい」という依頼をよくいただく。私もこれまで色々な方から恩を受けてきたので、恩返しのつもりで相談には無料で親身に対応している。

ここで、たまに少し引っかかるのが、コンサルタントが本を出版したいという動機だ。本を書く動機について、コンサルタントの業界では次の2つのことがよく言われる。

「有名になったら本を書くのではない。有名になるために本を書くのだ」

「わからないことがあったら本を書け」

本を出版しても、よほどのベストセラーにならない限り、有名人になれるわけではない。ただ、企業の経営者や教育担当者は、コンサルタントや研修講師を起用するとき、ビジネス書の著者を検索して候補を探し、アプローチすることが多い。コンサルタント・研修講師としての専門性を知ってもらうには、ビジネス書は有効だ。本を書けば(ニッチな領域で)有名になれる。

本というアウトプットを作り出すには、相当なインプットが必要になる。たとえば、今回クリティカルシンキングの本を書くこと決まってから、私はクリティカルシンキングの類書を読み漁り、過去の試験問題などを調べた。今回の執筆の過程で私のクリティカルシンキングの能力は、大いに高まった。本を書けば、それまでわからなかったことがわかってくる。

ということで、本を書いたら有名になれる、本を書くことは勉強になる、という2つはかなり事実である。しかし、問題は、この2つとも自分目線で、顧客志向が欠落していることだ。

たとえば、まだ大した実績がないコンサルタントのAさんが、懸命に環境経営について勉強し、「環境経営の進め方」という本を自費出版したとしよう。

少し出版事情に詳しい経営者・教育担当者なら、出版社・テーマ・著書の経歴などを見れば、商業出版なのか自費出版なのか識別できる。Aさんの本が自費出版だとわかったら、「Aさんは、環境経営の専門家というわけではなさそうだ」と判断する。

ところが、経営者・教育担当者は必ずしも出版事情に詳しいわけではないので、この本を見て「Aさんは環境経営の第一人者だ」と勘違いするかもしれない。そして、Aさんにコンサルティングや研修を依頼し、その浅い内容を見て、「専門家といっても、そんなに大したことないな」と失望する…。

やはりビジネス書の出版は、ある分野で経験を積み、知識・スキルで卓越した専門家が、自分の経験やノウハウを伝えるというのが基本だろう。

と言っても、ベンチャー企業を立ち上げて1兆円企業に育てた、といった凄い実績が必要なわけではない。大半の読者は、そんな凄い経営者になりたいと思っていないからだ。「生産現場でこういう一工夫したら生産性が上がった」という程度の経験・スキルで構わない。

要は、顧客である読者を意識し、読者が知りたいことを書くということだ。コンサルタントを名乗るからには、最低限の顧客志向が必要だと思う。

 

(2022年10月24日、日沖健)