仮説が大切な理由

コンサルタントは、クライアントが直面する状況について「これが問題ではないか」「これが原因だろう」「この解決策が妥当だろう」という仮説を形成し、それを検証することで問題解決を進める。仮説とは、まだ正しいとは証明されていない暫定のアイデアである。

コンサルタント(や学者)にとって、仮説構築は日常作業そのもののはずだ。ところが、中小企業診断士養成課程・実習インストラクター養成研修で受講者のコンサルタントに「なぜ仮説を構築することが大切なんですか?」と改めて問うと、意外と答えに窮する。

ベテランのコンサルタントK氏は、「忙しい経営者に会社の状況をあれもこれもと訊ねるわけにはいきません。限られた時間を有効に使うには、仮説を作りポイントを絞って聞くことが大切なのです」と説明していた。つまり、時間を節約するために仮説を作るべきだというわけだ。BCG出身で早稲田大学ビジネススクールの内田和成教授は、その名も『仮説思考』という本の冒頭で「問題解決のスピードが格段に早くなる」としている。

たしかに、K氏は、的確な仮説を作り、それを検証し、効率的にコンサルティングを進めて成果を実現している。ただ、それはK氏であればこそだろう。経験豊富で優秀なK氏の場合、事前に的確な仮説を作ることができるので、大外しをしない。結果的に仮説を作ることで時間を節約できる。

ところが、経験の浅いコンサルタントだと、そうはいかない。なかなか適切な仮説を作れず、作った仮説が間違っていて、当たるまで何度も設定し直すことになる。仮説を作ることで、返って時間がかかってしまう。仮説が時間節約に繋がるかどうかはケースバイケースで、K氏や内田教授の考えは間違っている。

では、何のために仮説を作るのだろうか。一言でいうと、「問題の本質に深く、シャープに迫るため」ということになる。

たとえば、人事関連のコンサルティングをする場合を考えてみよう。コンサルタントが仮説を持たず、漠然と「御社の人事制度はどうですか?」と聞くと、クライアントからは「評価制度がちょっと陳腐化しているし、社員のモチベーションが下がっているし、離職率は上がっているし、まあ色々と問題はありますね…」といった漠然とした答えが返ってくる。

ここで事前に仮説を作って「コロナ対応でテレワークが増え、社員のコミュニケーションが悪化し、孤立感から離職が増えているのでは?」と聞けば、仮説が正しければ「そうなんですよ。とりわけ最近、うちの営業部門では…」、仮説が間違っていれば「いえ、そうでもないですよ。実は、最近うちの工場の作業現場では…」という具合に展開する。いずれにせよ、問題の本質に深く、シャープに迫ることができる。

仮説を持たずに漠然と聞くと、漠然とした答えしか返ってこない。仮説を持って焦点を絞って聞くと、焦点を絞った答えが返ってくる。つまり、仮説を持つことで本質的な問題を深くシャープに捉えることができる。これが仮説を作るべき最大の理由である。

では、適切な仮説を作るにはどうすれば良いのだろうか。ここで参考になるのが、安岡正篤が唱えた「思考の三原則」だ。

第一は、目先に捉われないで、出来るだけ長い目で見ること(長期的思考)。

第二は、物事の一面に捉われないで、出来るだけ多面的に、出来れば全面的に見ること(多面的思考)

第三に、何事によらず枝葉末節に捉われず、根本的に考えること(根本的思考)

そして、もう一つ、仮説を作ったら、相手にぶつけるという経験を積むことだ。せっかく斬新な仮説を作っても発信しなければ検証も反証もされず、問題点が深まらない。

コンサルタントという特殊な商売の話をしたが、企業経営者も、研究者も仮説を作って発信するという訓練を積み、より良い仕事をして欲しいものである。

 

(2022年8月29日、日沖健)