もし大谷翔平が旧ソ連で生まれていたら

今年は大谷翔平が“二刀流”の大活躍で、世界に衝撃を与えた。大半の野球選手が投打のどちらかでも満足な成績を残せないのに、大谷はメジャーリーグという世界最高峰の舞台で「投」で9勝、「打」で46本塁打と素晴らしい成績を残した。さらに、リーグ5位の26個の盗塁に成功し、831日にはなんとホームスチールを記録するなど「走」でもトップクラスの実力を見せた。“三刀流”と言えようか。

大谷の「走」について、2008年北京オリンピックの4×100mリレーで銀メダルを獲得した朝原宣治は、インタビュー記事の中で「股関節と肩甲骨の使い方がうまい」と絶賛していた。走りの専門家から見ても、大谷の「走」は抜群らしい。

ところで、その朝原の記事のコメント欄では、「大谷がどのスポーツをやったら最も成功したか?」という話題で盛り上がっていた。その中で私が印象に残ったのは、「大谷に陸上やらせるならやり投げが一番合っていると思う。体は大きいし、肩は抜群で、助走に必要な脚力まであるのだからとんでもない記録を出すんじゃないでしょうか」というコメントである。まったく同感だ。

大谷は、子供の頃から運動万能だった。野球はもちろんのこと、水泳も得意で、サッカーのリフティングも器用にこなしたという。もしも大谷が旧ソ連で生まれていたら、小学校くらいの時点でどのスポーツが向いているか、能力チェックと進路指導が行われていただろう。旧ソ連がどういう答えを出したのか、興味があるところだ。

日本では、国家が子供のスポーツを決めることはなく、本人や親の希望で決める。というのは当たり前だが、ここで少し気になるのは、会社での新入社員の担当業務の決め方だ。

欧米では、ジョブ型雇用が一般的で、担当業務を明確に決めて社員を募集・採用する。あくまで本人がやりたい職種に応募する。それに対し日本は、新卒一括採用で担当職務を明確に決めずに採用し、入社後、人事部が本人の適性を見極めて配属先を決める。日本企業は「旧ソ連方式」ある。

旧ソ連方式のメリットは、人事部が新人の能力を客観的に見極めるので、組織内で効率的な人員配置が実現しやすいことだ。また、新人には手あかがついていないので、企業の思うように人材育成できるというメリットもある。

一方、デメリットは、本人の適性が本人の希望と合致しないこと、いわゆるミスマッチである。ミスマッチによって、社員のモチベーションが低下するし、相当数が退職してしまうので、企業にとって大打撃になる。

というわけで、メリットとデメリットがある中、日本企業は当たり前のように戦後ずっと「旧ソ連方式」を続けてきたのだが、いま、大きな曲がり角を迎えつつある。

テレワークの普及や専門人材の不足などを背景に、日本でもジョブ型雇用が急速に広がりつつある。職務(ジョブ)を決めずに採用する新卒一括採用は、職務を特定するジョブ型雇用と相性が悪い。すでに新興企業や外資系企業は就職協定から離脱しており、新卒一括採用は遅かれ早かれ消滅するだろう。つまり、「旧ソ連式」が崩壊する可能性が高い。

では、ジョブ型雇用で「旧ソ連式」が崩壊したら、人員配置の効率は低下するのだろうか。

さきほど「旧ソ連方式」で効率的に人員配置できると述べたが、これは採用した新人の中での限定的な話で、広く労働市場全体では、必ずしも効率的とは限らない。たとえば、野球で言うと、ある球団に入団した3選手のうち、それぞれの特徴に合わせて投手や野手という役割分担をするのが日本式だ。しかし、仮に3人とも投手として優れているとしたら、3人が色んな球団に散らばって投手をする方が全体として効率的だろう。

日本は市場原理に基づく自由主義の国だが、人材に関しては、意外と市場原理を信用しておらず、非効率な状態になっている。企業は、市場原理をいかに取り入れるかを真剣に考えるべきだろう。

 

(2021年11月8日、日沖健)