IT音痴のコンサルタントがDXを語る

今年は、「中小企業経営者の集まりでDXについて講演して欲しい」という依頼をよくいただく。2月1日の産経新聞に「中小企業のDX 阻んでいるのは認識の壁」という記事を書いたためである。私はITを専門領域としておらず、コンサルタントの中ではむしろIT音痴の部類に属するのだが、私でお役に立てるのならと講演や執筆を引き受けている。

話題のDXについては、いまITベンダーやITコンサルタントによる無料のセミナー・講演が連日開催されている。その中わざわざ金を払ってIT音痴の私からDXの話を聞こうというのは、ITベンダーらのセミナー・講演は、ITシステムやコンサルティングを売るための宣伝で、「DXって本当にわが社に必要なの?」「どのようにDXを進めれば良いのか?」といった中小企業経営者が本当に知りたいことはわからないからだろう。

この疑問に答えるには、まず「DXとは何なのか?」「IT化とどこが違うのか?」という点を理解する必要がある。たいていのITベンダーらは「DXIT化は別物」と力説する。「デジタル技術を使うことで製品・ビジネスモデルの変革を目指すのがDX、既存の業務プロセスの効率化を目指すのがIT化」といった説明をする。

しかし、そういう説明をする彼らは皆、つい2年前まで「真のIT化とは、IT機器を導入して業務を効率化するだけでなく、ITを使って製品・ビジネスモデルを変革することだ」と言っていた。ITInformation Technology)からデジタル技術(Degital Technology)と単語が1つを置き換わっただけではないか。中小企業経営者は、まず「DXIT化はほぼ同じ」「DXとは、小手先ではない真のIT化」と認識する必要がある。

という話をすると、多くの中小企業経営者は「ああやっぱりDXって、ITベンダーの新手の宣伝文句だったんですね」「うちは今のシステムが問題なく動いているから、DXは関係ありませんね」という反応をする。

しかし、中小企業経営者は簡単に「DXはわが社に関係ない、必要ない」と結論付けて良いものだろうか。たいていの中小企業では、IT化が進んでいない。人手不足なのに、悲効率な手作業をしている。取引先の大手企業が電子商取引へ転換していく中、依然としてFAX・電話で受発注している。データを使った生産管理・顧客管理をしていない。今後の厳しい経営環境で中小企業が生き残るために、DX(=IT化)は必須だ。

では、中小企業はどのようにDXを進めれば良いのだろうか。各社のビジネスモデル・経営課題・ITシステム・IT人材などによって答えはまちまちなのだが、大切なのは、「身の丈に合ったDX」を進めることだ。

いま「DXでビジネスを全面的に革新しよう!」「MTPMassive Transformation Purpose野心的な変革目標)がカギだ!」が、ITベンダーやITコンサルタントの合言葉になっている。たしかにDXで企業が生まれ変われば理想だが、資金力が乏しく、IT人材がいない中小企業にとって、大規模なIT投資をしてビジネスを全面的に変えるというのはリスクが大きい。さすがに中小企業経営者はDXに尻込みしてしまう。

それよりも、自社の業務プロセスのうちとくに重要な部分に的を絞って、身の丈に合ったDXを進めるべきだろう。たとえば飲食店なら、今まで電話で予約を受け、台帳に手書きで管理していたのをウェブシステムで管理する。物販店なら、今まで機械式のレジで販売していたのをPOSレジで管理する。ともに、予約・代金受領という業務が効率化し、ミスが減るとともに、データを使った高度な顧客管理が実現する。

ここで最大のネックになるのは、中小企業にはDXを推進するIT人材がいないということだ。ではどうすれば良いのか…。という詳しい話は、またいつかどこかで。

明治初期に三菱財閥の基礎を築いた荘田平五郎は、留学先の江戸で入手した鉛筆を郷里の臼杵に帰った時に地元の漢学者たちに「これはペンシルというもので、なかなか便利にできておる」と紹介した。これに刺激を受け洋学に転向した者は明治維新後に大活躍したが、漢学にとどまった者は大成しなかった。大成しなかった者の一人は後に「(荘田が大成功したのは)要するに我々よりも早くペンシルを握ったからだ」と述懐している。

ペンシル(DXIT)を柔軟に取り入れるか、毛筆(手作業)に留まるか、中小企業は重大な岐路に立っていると言えよう。

 

(2021年9月20日、日沖健)