首都機能移転の機運が盛り上がらない悲劇

新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、首都圏から地方に移住する人が増えている。東京都では月別で7月から6か月連続で転出者が転入者を上回っている。また人材サービス大手のパソナが本社を淡路島に、芸能プロダクションのアミューズが富士山麓に移転するなど、企業も東京から脱出しようとしている。

こうした中、不思議と議論がまったく盛り上がっていない、逆に議論がどんどん盛り下がっているのが、国会や省庁など首都機能の移転である。

遷都などによる首都機能移転は、東京一極集中が問題になり、1970年代から議論されるようになった。そして、バブル期の首都圏の地価高騰を受けて議論が本格化し、1992年には、移転先候補地の選定体制などについて定めた「国会等の移転に関する法律」が作られた。近年は、首都直下型地震のリスクの高まりから、首都機能移転の緊急性が高まっている。新型コロナウィルスに伴うテレワークの浸透も、これを後押ししてる。

にもかかわらず、首都機能移転は近年どんどん尻すぼみになっている。消費者庁は2016年から徳島県に移転する検討を進めてきたが、「危機管理や国会対応が難しくなる」という理由で、全面移転を見送った。特許庁などはすでに移転を見送っており、中央省庁の全面移転は文化庁のみになりそうだ。省庁の地方への移転は完全に骨抜きになった。政府の成長戦略会議が12月に公表した成長戦略実行計画にも、首都機能移転は入っていない。

なぜ首都機能移転は進まないのだろうか。役人の抵抗とともによく指摘されるのは、首都機能移転には莫大な財政支出が必要だという現実だ。やり方・範囲にもよるが、国の試算では首都機能移転には4兆円かかるという(首都機能移転を阻止したい東京都は20兆円と試算)。国の借金が1,100兆円を超え、ただでさえも財政難のところにコロナ対策の支出がかさみ、「それどころじゃない」「できないことを考えても仕方ない」となってしまう。

ただそれよりも、政治家にとって「首都機能移転は票にならない」ことが大きいのではないだろうか。首都機能移転によって首都圏の住民は、通勤地獄の解消で暮らしやすくなるし、首都直下地震が起こった時の被害が軽減される。しかしこれらは未来の話しで、現在の有権者は実感できない。新首都圏の住民は関心が高いが、その他の地域の住民はまったくメリットがない。有権者がメリットを感じないことは票にならないので、政治家は関心を持たない。

今後、首都機能移転はどうなるのだろうか。日本の財政は今後さらに悪化することが確実で、財政支出のハードルがますます上がる。国民も政治家も、首都機能移転にはほぼ関心がない。となると、これからもずっと首都機能移転が真剣に議論されることはなく、「永遠の緊急課題」であり続けるだろう。

しかし、首都直下地震のXデーは刻々と迫っている。首都直下地震は平成の始めから「30年以内に70%の確率で発生する」と言われ、いつ発生してもおかしくない。発生すれば、2万3千人の死者が出て、被害額は95兆円に達する(政府の推計)。繰り返すが、首都機能移転は待ったなしで取り組むべきことなのだ。

いま、菅首相はコロナ対策と政権維持のことで頭が一杯で、首都機能移転のことは考えていないだろう。コロナが落ち着いたら、是非とも本腰を入れて取り組んで欲しいものである。

それとも、まさか「どうせ首都直下地震で東京は壊滅するんだから、ガラガラポンになったら新しい首都の形を考えれば良い」と考えているのだろうか。そうでないことを祈りたい…。

 

(2021年2月1日、日沖健)