大転職時代が幕を開ける

年の瀬が迫り、来年のことを考える時期になった。企業経営者に「来年の最大の経営課題は?」と尋ねたら、ほぼ全員が「新型コロナウィルス対応」と答えるだろう。私も経営者の1人として同意見だ。では、「2番目の経営課題は?」「コロナが終息した後の経営課題は?」と問われたらどうだろうか。私は、「大転職時代に備えること」だと思う。

日本では、2000年以降「雇用の流動化」が叫ばれ、転職が珍しくなくなった。しかし、第2新卒など若い世代の「リベンジ転職」や高年層のグループ会社への転籍が中心で、3055歳の中核層の転職は諸外国と比べてさほど頻繁ではない。この状況が2021年に一変し、世代を問わず数年おきに転職するということが一般的になるだろう。

そう予想するのには、いくつか理由がある。まず何と言っても、多くの日本企業が競争力を失い、業績が悪化し、正社員の雇用維持が困難になっていることだ。生き残りを賭けて多くの企業が早期退職を募集するようになり、企業も従業員も、早期退職への抵抗感・拒否反応が急速に薄れている。

また、技術の変化も中途採用・転職のニーズを増加させる。DXAIに代表される最近の技術の変化で、企業が必要とする人材要件が急変している。企業はDXAIの知識・スキルを持つ人材を喉から手が出るほど欲しい。逆に、技術の変化に対応できない人材は一刻も早く組織から排除したい。いずれも中途採用・転職を増加させる。

さらに、2018年に副業が解禁されたことも、従業員の転職を後押しする。以前はひとたび企業に就職したら社外のことに目を向けず、一意専心で働くのが普通だった。ところが、副業の普及で、従業員は広く社外のことにも目を向けるようになった。現状を当たり前とせず、より収入の多い企業、より働き甲斐のある企業を求める気持ちが強まった。

本来なら、2020年に大転職時代が幕を開けてもおかしくなかった。しかし、コロナで人の異動が制限され、採用活動・転職活動が制約されたこと、コロナによる業績悪化で人件費の抑制が必要だったことから、今年の転職市場は低調だった。逆に、来年コロナが沈静化すれば、堰を切ったように転職ラッシュが始まるだろう。

企業は、従業員が数年おきに転職する大転職時代にどう対応すれば良いのだろうか。従業員に見放されないように魅力的な会社にすることが第一だが、転職が当たり前になるということを前提に、事業プロセスや人事制度を見直す必要がある。たとえば、プロパー社員を優遇し、転職者が著しく不利になるような人事評価制度では、優秀な人材を中途採用することはおぼつかない。

労働者は、会社が潰れても転職できるように、知識・スキルを身につける必要がある。と同時に、転職に関するマインドも考え直したいところだ。つまり、従来転職は、思い通りに就職できなかった若者や勤務先に不満がある中堅・ベテランが「心安らぐ安住の地」を求める活動だった。しかし、大転職時代で労働者は、自身の成長とともに働く場所を変えるようになり、転職は「成長段階に合った次の適任地」を求める活動になる。

政府は、大転職時代の流れを押しとどめようとするのではなく、企業が中途採用を、従業員が転職をしやすくなるよう、法制度などを整備するべきだろう。とくに、現在、従業員の長期勤続を過度に優遇している退職金税制を見直す必要がある。

大転職時代に対応するには、企業も労働者も色々な困難が伴うだろう。ただ、企業が欲しい人材を採用し、労働者が自分のスキルを生かせる会社で働くというのは、素晴らしいことだ。コロナを乗り越えた先に、素晴らしい大転職時代が来ることを願って、新しい年を迎えたいものである。

 

(2020年12月28日、日沖健)