私は日本石油(現・ENEOS)に勤務していた1997年から98年、社費派遣留学で米ボストンのArthur D. Little School of Management(ADLSOM)で学んだ。ADLSOMはArthur D. Little Inc.(ADL)が経営するビジネススクールで、ADLは1886年創業の世界最古のコンサルティングファームである。
ADLSOMで学び、コンサルティングの故郷ボストンに住み、コンサルティングについて2つの衝撃を受けた。
一つは、大手企業だけでなく、中堅・中小・零細企業、さらに個人も有料で気軽にコンサルティングを利用していたことだ。当時はITバブルが膨らみ始めた頃で、学生や主婦がITコンサルタントに「ネットショップを始めたいんで、アドバイスして」と気軽に有料で相談していた。
もう一つは、ハーバード大・MITを卒業したエリートが、独立してコンサルタントをしていたことだ。彼らは「大企業のマネジャー」「BCGなど大手ファームのコンサルタント」「大学教員」「起業家」「独立コンサルタント」の5つを自由・頻繁に行き来していた(ADLSOMの教授陣がそうだった)。エリートだけではない。街のカルチャースクールにコンサルタント養成講座があり、普通のビジネスパーソンや主婦もコンサルタントになって活躍していた。
翻って日本は、どうだろうか。当時も今も、アメリカと真逆の状況である。
コンサルタントの需要については、大企業はコンサルティングファームに億単位のフィーを払う一方、中小企業・零細企業・個人はコンサルタントにびた一文払わない。コンサルティングは「余裕のある大手企業が箔付けのために利用する贅沢なサービス」という位置付けで、日本企業のコンサルタントの利用金額はアメリカ企業に比べて1ケタ小さい。
コンサルタントの供給については、大企業に入社すると、グループ会社に転籍するくらいで、限られた範囲でビジネスライフを送る。大手ファームに転職することはあっても、アメリカのように独立コンサルタントになることは稀で、優秀な人材が大企業に死蔵(デッドストック化)している。
日本がこうしたいびつな状態になってしまった一つの原因が、国の中小企業政策である。国が公的支援で中小企業にタダでコンサルティングを提供しているので、中小企業経営者は「コンサルティングは国から金をせしめてタダで利用するもの、金を払ってまでやるものではない」という認識である。
また、公的支援で国や支援機関がコンサルタントに払う報酬は、1日2万円とか格安で、コンサルティング業界での価格破壊を先導している。この低報酬では現役世代がまともに生活するのは困難で、給与水準の高い大手企業に勤める中小企業診断士は、プロコンとして独立開業することを敬遠する。結果的に公的支援では、“年金診断士”(年金をもらいながらボランティア的に活動する中小企業診断士)が多くを占めている。
先週、私は中小企業診断士制度について「企業内診断士の転職支援制度の導入」「企業内診断士の公的支援での活用」という政策提言をまとめて、中小企業庁に提出した(「中小企業診断士制度に2つの提言」参照)。この提言は、直接的には企業内診断士の活用を意図しているが、その先には、有料のコンサルティングが中小企業・零細企業・個人に気軽に利用され、現役世代の優秀な人材が気軽にコンサルタントになって活動するという世の中になることを願っている。
(2020年12月21日、日沖健)