中小企業診断士の合格率上昇が意味すること

8月に行われた今年の中小企業診断士(以下「診断士」)の1次試験で、合格率(合格者数÷受験者数)が42.5%と例年を大きく上回り、波紋を呼んでいる。科目合格制を導入した平成18年以降の合格率は、最低が平成22年の15.9%、最高が令和元年の30.2%、20%前後の年が多かったから、今年は飛び抜けて高い。

今年の合格率アップについては、色々な推測がある。「新型コロナウィルスの影響で“ダメもと受験”が減り、優秀な人だけが受験したのではないか」「出題者のミスで、試験問題が簡単すぎたのではないか」。ある大手受験予備校の担当者に話を聞いたところ、「まったく謎です」ということだった。

試験を実施する中小企業庁がコメントしているわけではないし、受験のプロでもわからないことなので、軽々なことは言えないのだが、以下は私の推測。

中小企業庁は平成172005)年以来、①診断士の総数の拡大、②診断士の質と信頼性の確保・向上、という2大方針を堅持してきた。しかし今回、「質よりも量」に方針転換し、量の確保のために意図的に試験の難易度を下げたのだと思う。

先の安倍政権が中小企業政策に力を入れ、ものづくり補助金など公的支援を充実させた。その結果、とくに地方では公的支援に従事する診断士が不足するようになっている。さらに今年は、診断士仲間の間では「コロナバブル」と囁かれるほど各種公的支援のメニューが激増し、多くの診断士はてんてこ舞いの忙しさだ。

近年デービッド・アトキンソンが批判している通り、いたずらに中小企業を延命させるだけの公的支援は大いに疑問だ。という根本的な議論はさておき、政府が公的支援を大々的に進めている現状で、診断士不足の解消は、中小企業庁にとって喫緊の課題である。

昨年の合格率も30.2%と高かった。また、2次試験と実務補修の部分を習得する中小企業診断士登録養成課程に、札幌商工会議所や福岡県中小企業診断協会といった一昔前なら「それってお手盛りにならないの?」と疑問符が付いた団体の登録を中小企業庁は許可している。そして今年のさらに高い合格率。これらを総合的に考えると、中小企業庁は「診断士をどんどん増やそう」と方針転換したのだろう。

診断士が増えると公的支援への対応は強化されるが、心配なのは診断士の質の低下。ちょっと勉強して受かる資格なら、診断士に専門家としての能力があるのか疑われる。また、最近多発している補助金がらみの詐欺事件で診断士(や税理士など専門家)が暗躍している通り、モラルの低下も懸念されるところだ。

モラルハザードは徹底的に取り締まるとして、質の低下に関しては、「そういうものだ」と割り切るしかないだろう。日本では国家資格保有者というと、「高度な専門知識を有するその道のプロ」と考えがちだが、これは国際的に主流の考え方ではない。アメリカなど多くの先進国で資格は、「その分野の基本知識を有する」ことを証明するに過ぎない。資格保有者がプロとして本当に高度な能力を持つかどうかは、利用者が個別に判断することだ。

日本では1990年代後半以降、多くの国家資格で改革が進められ、弁護士や公認会計士などが大幅に増えた(弁護士の場合、2000年が合格者数のピークで、その後は弁護士過剰が問題になり、減少)。企業・国民が弁護士など専門家を利用しやすくなったのは、大きな進歩だ。診断士も、遅ればせながらこうした流れに向かって進むということだろう。

そうなると、専門家を利用する企業・国民の側にも対応が求められる。企業・国民は、国家資格保有者を「国が証明しているんだから間違いないでしょ」と盲目的に信じてはいけない。今後、専門家はさらに玉石混交になるから、良い専門家とダメな専門家を見分ける確かな目が求められるようになる。国家資格の難易度低下は、企業・国民に決して無関係ではないのである。

 

(2020年10月12日、日沖健)