菅総理大臣に期待すること

8月28日に辞任を表明した安倍首相の後任に、本日、菅義偉官房長官が選ばれる。自民党総裁の任期が来年9月であることから、「1年限定の短期政権」「河野太郎ら次世代が本格政権を作るまでの中継ぎ」と見る向きもあるようだが、弱り切った今の日本に1年でも無為に過ごす余裕はない。菅首相には、思い切った改革を進めて欲しいものである。

菅首相にどういう改革を期待するかを考えるに当たり、安倍政権を簡単に評価しよう。7年8カ月に及ぶ長期政権だったので色々な功罪があり、どこに焦点を当てるかで評価が大きく違ってくる。ただ総合的には、政治は合格、経済は落第という評価であろう。

政治では、内政は国政選挙での圧勝を受けて「安倍1強」と言われる強固な政権基盤を作り、安定した政権運営だった。外交は、日米同盟を深化させただけでなく、中国・韓国・北朝鮮という厄介な隣国にも適切に対応した。持論の保守思想を封印し、粘り強く隣国との関係改善に努めた。北方領土問題や拉致問題など積み残した課題はあるものの、困難な国際情勢の中で見事なかじ取りだった。

一方、経済ではほぼ成果がなかった。4半期ごとの実質GDP成長率は平均0.3%で、民主党政権時代の平均0.4%を下回った。「三本の矢」のうち、金融緩和は大企業にしか恩恵が届かず、成長戦略は不発だった。失業率は改善したものの、非正規雇用ばかり増え、所得格差が広がった。規制緩和やデジタル化を怠り、国家の競争力ランキングはみるみる低下した。経済面は、安倍首相が「暗黒の時代」と呼んだ民主党政権時代よりもさらに低迷した。

菅首相は安倍政権の政策を踏襲すると表明している。しかし、こと経済政策については、安倍政権の反省を踏まえて新しい政策を打ち出して欲しいものだ。

経済政策で最も期待したいのは、安倍政権で不発に終わった成長戦略、中でも規制緩和だ。近年の経済学の研究によると、国が特定の産業を保護・育成する政策にはほとんど効果はなく、国全体の潜在成長率は高まらないという。ただ、日本には古くからの事業規制が多く残り、企業の自由な活動を阻害している。規制緩和によって、デジタルトランスフォーメーション(DX)など先端分野で新ビジネスが生まれることを期待したい。

雇用・労働でも改革が必要だ。働き方改革を推進して労働生産性を高めることや感染症時代に対応した新しい働き方を作ることが期待される。さらに、懸案の解雇の金銭解決制度の導入を実現してもらいたい。現在、正社員の解雇が厳しく規制されていることから、企業はクビにできない正社員の雇用を絞り、非正規雇用を増やしている。解雇規制を緩和する「雇い方改革」が、非正規雇用問題が解決し、格差を是正するカギになる。

さらに、財政再建も重要課題だ。今はコロナ対策で財政拡大の最中だが、早晩、海外格付け機関が日本国債を格下げし、財政危機がクローズアップされるだろう(すでにフェッチは日本国債の格付け見通し「安定的」から「ネガティブ」に引き下げている)。中期的には社会保障財源として消費税増税は不可避だ。消費税増税は国民に不人気だし、野党が来年の衆議院総選挙で減税を争点にすると見込まれ、菅首相の指導力が問われるところだ。

安倍政権が安定的な政権基盤を持ち長期政権を担ったのと比べて、自民党内では無派閥で短期政権が予想される菅政権には、「いったい何ができるんだ?」という冷ややかな見方がある。しかし、逆にいつ終わるかわならないからこそ、「一内閣一仕事」で上記から1つでも大きな成果を実現してもらいたいものだ。

10日のテレビ番組で菅首相は、「消費税増税が必要」と明言した。国民からの反発を承知でコロナ後の中期的な課題に踏み込んだ発言をしたのは、政権運営への強い意欲の表れだと受け止めたい。

 

(2020年9月14日、日沖健)