人口減少の何がいけないのか

先月、東洋経済オンラインに「日中韓・想定外の人口減少で直面する大問題」という記事を掲載したところ、一部の方から「中国・韓国の人口減少が日本に影響を与えることはわかったが、日本の人口減少は問題ないのか?」という質問や意見をいただいた。記事では日本の人口減少の影響についてはほとんど触れなかったので、ここで少し考えてみよう。

実は、日本の人口減少については専門家の間でも見解が分かれており、「人口が減っても生産性(一人当たりGDP)を維持すれば、豊かな生活を維持できる。人口減少に合わせて経済・社会の構造を変えれば、何ら問題はない」という意見がある(経済学者の原田泰や高橋洋一など)。しかし、本当にそういう対応は可能だろうか。

たとえば、10店舗ある商店街で商圏人口が今後20年間で3割減るとしよう。経済学者は「20年かけて店を3割減らして7店にすれば良い」の一言で片づける。しかし、個々の商店主は店じまいする3店舗になりたくないので、なかなか店舗は減らない。最終的には7店舗になり、経済学者は「ほら問題ないでしょ」と言うが、3店舗がいよいよ耐えられず店じまいするまでの間、全店が売上減少で苦しむ。近年の地方経済の窮状は、概ねこの構図だ。

社会インフラでも同様だ。地域の水資源を支えるダムが10あるなら、人口が3割減ったら3つ廃止して7つにすれば良い。しかし、ダムが1つしかない場合は廃止できないので、過剰設備になり、維持費の負担が重くのしかかる。一部の経済学者の「人口が減ると1人当たりの社会インフラが増えて、逆に暮らしが豊かになる」という主張は、かなり疑わしい。

さらに、日本独自の問題がある。それは、人口が減るのは若年層で2050年くらいまで高齢者は減らないこと、そして国の借金は減らない(むしろ爆発的に増え続ける)ことだ。

現在の年金・医療・介護は現役世代の負担に頼っているので、現役世代が減ると制度の維持が困難になる。現役世代の減少に合わせて制度を改革するという方針は当然だが、多くの改革は選挙権を支配する高齢者の不便・不利益につながるので、実現はなかなか容易ではない。

それよりも心配なのは、国の借金だ。現在、個人の金融資産が1,845兆円あること(2020年3月末現在)や発行する国債を国内で消化できていることから、短期的に財政破綻が起こる可能性は低い。しかし、中長期的には高齢者が金融資産を取り崩すし、海外投資家に国債を引き受けてもらう必要があり、今までのように安泰とは言えない。

という話になると、MMTModern Monetary Theory)論者が「別に海外投資家に頼らなくても、日銀がお札を刷りまくって国債を買えば良い」と反論、「いやそれだとハイパーインフレになるぞ」と再反論、「いやインフレどころか今はデフレだろ」という再々反論で、議論は収拾がつかなくなる(「MMTを信じて借金を増やし続けて良いのか」参照)。

個人的には、一か八かでMMTに賭けて子供たちに巨額の借金を残すのは、大いに躊躇する。年率数百%というハイパーインフレまでいかなくても、現在1%未満の国債金利が5%に上昇すれば、利払いが国の総税収を超えて、財政は制御不能になる。ハイパーインフレは遠い歴史の特殊な出来事だが、5%はつい1980年代まで日本でも当たり前の水準だった。「ハイパーインフレ」という言葉の綾で思考を止めてしまうのはあまりにも危険だ。

人口減少の問題が難しいのは、長く続いた人口増加社会の遺産で今は問題なく暮らしていること、毎年の人口減少は数十万人(減少率1%未満)と小さな変化であること、本格的な危機を迎えるのはしばらく先のことなどから、国民がなかなか危機感を持ちにくいことだ。政治家も、国民の関心がない問題は「票にならない」ということで、MMTのような楽観論にすがって真剣に対処しようとしない。

ここは、次代を担う若い世代から、「本当に日本の未来は大丈夫なのか?」という議論が沸き起こってほしいものである。私も物書きの端くれとして、少しなりともそうした議論に貢献したいと思っている。

 

(2020年8月17日、日沖健)