テスラがトヨタ超えした衝撃

先週1日のアメリカ株式市場でテスラ株が一時3.5%上昇し、時価総額は2072億ドル(約222700億円)となり、トヨタ(2019億ドル)を上回って自動車メーカーとしては世界トップとなった。テスラ株は年初から2倍余りに上昇している。

テスラは2003年の創業で、EV(電気自動車)専門である。年々販売台数が増えているとはいえ、2019年は36万台とトヨタ1,074万台の20分の1にも満たない。そのテスラがトヨタ超えをしたことは、ビジネス界に大きな衝撃を与えている。

直接の衝撃は、エコカーへのシフトが進み、自動車の産業地図が一変することだ。自動車産業では1900年代初頭まで、蒸気自動車が最も普及し、他にもガソリン・電気・ディーゼルなど様々なタイプの車が乱立していたが、1908年に発売されたT型フォードの普及で、ガソリン自動車が一気に主役の座を勝ち取った。以後、今日まで110年以上、ガソリン(や軽油)を使う内燃機関というのが自動車の常識だった。

ところが、1990年代後半から地球環境問題が深刻化し、エコカーの開発・普及が急がれるようになった。今回のテスラのトヨタ超えは、大量生産への移行で苦戦していたテスラの事業がようやく軌道に乗り、電気自動車の時代がやってきたことを意味する。

トヨタなど日本の自動車メーカーは、ガソリン自動車で培った強みを展開できるハイブリッドを長くエコカーの主役と位置付けてきた。そのため、電気自動車ではテスラや中国メーカーに後れを取ってしまった。エコカー戦略の立て直しが急務である。

もう一つ、あまり騒がれていないが大きな衝撃は、モノづくりの変革だ。

ガソリン自動車は1台当たり2万から4万点もの部品を使用し、しかもその多くが特定の車種でしか使えない特注部品だ。この多数の複雑な部品を使うモノづくりは組み立て作業の難易度が高く、どうしても不良・不具合が発生する。

この不良・不具合について、アメリカでは、現場の作業者のスキル・言語能力が低いので(移民労働者が多く英語が不自由)、優秀な設計者が不良・不具合が発生しないように事前にち密な設計書を書くとともに、不良・不具合が出た場合のマニュアルを整備しておく。すると、設計書・マニュアルが膨大な量になり、作業者は誰も読まず、返って不良・不具合が増えてしまう。

それに対し日本では、現場の作業者のスキル・言語能力が高いので、設計書・マニュアルを最小限にして、不良・不具合が出たら現場の作業者が事後的に対処する。いわゆるカイゼンである。簡単なモノづくりならアメリカのやり方でも問題ないが、複雑なモノづくりでは日本の現場力が威力を発揮する。

この日本メーカーの勝利の方程式が、電気自動車で一変する。電気自動車では、部品数の8割以上を占めるエンジン周りがモーターに置き換わるので、部品点数が激減する。するとパソコンと同じように、標準部品を寄せ集めて組み合わせるだけで自動車が製作できる。モノづくりが簡素化するわけだ。

この新しいモノづくりでカギを握るのが、設計情報のデジタル化だ。テスラのように、設計情報を標準化し、それをデジタル化すれば、ロボットが大半の作業をできるし、スキルの低い新興国でも生産することができる。デジタル化によって、日本とドイツのお家芸だった高品質と低コストの両立が簡単に実現する。

複雑なモノづくりに強みを持つ日本の自動車メーカーは、現場の力を過信して設計の標準化・デジタル化や現場の省人化に真剣に取り組んでこなかった。いま、現場の力に頼り過ぎたモノづくりのあり方が抜本的に変えることを迫られている。

以上の環境重視とモノづくりの簡素化は、自動車メーカーに止まらず、日本の製造業全体に大きな衝撃を与える。テスラのトヨタ超えを見て「株式市場の投機的な動きでしょ」で済ませるか、抜本的な事業の改革に努めるか、経営者の姿勢が問われるところだ。

 

(2020年7月6日、日沖健)