ESG投資で世の中は良くなるのか

 

近年の資産運用の最大のトレンドがESG投資である。ESG投資とは環境(Environment)・社会(Sociaety)・企業統治(Governance)に配慮している企業を選別して投資することである。欧州に端を発し、日本でも最近ESGファンドが続々と登場している。今春に金融庁が定める機関投資家の投資原則・スチュワードシップコードが改訂され、ESGはこれまでの指針から原則に格上げされる見込みだ。

 

ESG投資では、「投資家はESGを重視して投資する」→「企業はESGを意識するようになる」→「世の中が良くなる」という因果関係が想定されている。ESGは資産運用の世界、さらには企業経営の「新しい常識」となりつつあるのだが、本当にESG投資は良いことなのだろうか。

 

一般にESGファンドは、インデックスファンド(株式指数と連動した運用)よりも運用成績が低くなる。ESGファンドは運用担当者が投資先を決定するアクティブファンドで、銘柄選定のコストがかかるためだ。

 

また、ESGが珍しかった1990年代までは、帝人のようなESGに積極的な先進企業では「ESG」→「イメージアップ」→「株価上昇」ということが起こった。しかし、猫も杓子もESGに取り組む昨今、こういう好循環はほぼ考えられない。むしろESG関連費用がかかる分だけ、株価が低迷する可能性が高い。

 

投資家、とくに個人投資家は「少しくらい運用成績が見劣りしても、投資を通してESGの優れた企業を応援したい」と考えるかもしれない。しかし、ESGの優れた企業を的確に選んで投資し、企業を応援できるものだろうか。

 

たとえば環境について、中国の自動車メーカーは電気自動車をエコカーの主力と位置付け、トヨタはハイブリッドに注力している。単純に考えると、ガソリンを使わない中国メーカーの方がガソリンを使うトヨタよりも環境保護で優れている。しかし、電気を作るために石油・石炭を使うので「well to wheel」(油田から車まで)をトータルで見ると、トヨタの方が優れている。しかし、20年後を考えると中国メーカーの方が優れているかもしれない…。

 

また、企業統治については、社外取締役を設置することが重要だとされるが、社外取締役が3人いた日産でカルロス・ゴーン元会長が暴走した。一昨年末のゴーン元会長の逮捕まで、日産の企業統治を問題視する専門家はほぼいなかった通り、専門家でも企業統治の良し悪しを判断するのは困難である。

 

このように、ESGの優れた企業を選ぶのは極めて困難で、投資家がESGファンドを買っても、必ずしもESGの優れた企業を応援することにはならないのだ。なお、ESGが著しく悪い企業を探すのは比較的容易で、ESGが悪い企業を運用対象から外す(いわゆるnagative screening)のは有効である。

 

もちろん、企業のESGがレベルアップするのは良いことだし、投資家が企業のESGを支援したいと願う気持ちも尊い。ただ、投資家が本気でESGのレベルアップを願うなら、効果が疑わしいESG投資をするよりも、もっと効率の良い他の投資でガッツリ儲けて、ユニセフとか赤十字に寄付する方が、ずっと合理的・効果的ではないだろうか。

 

現在、運用機関は、ETF(上場投資信託)に人気を奪われてアクティブファンドが売れず、新たな目玉商品が欲しいと考えている。投資家は、世間から「金の亡者」と非難されないよう、自分の投資の社会的意義を見出したいと考えている。運用機関・投資家それぞれの口に出せない思惑が見事に一致したのが、ESG投資なのだ。

 

若い働き手が激減する一方、膨大な金融資産がある日本にとって、体力を使わなくて済む資産運用は、数少ない有望な産業だ。欧米に比べて立ち遅れた日本の資産運用を発展させるためには、ESG投資で遊んでいる暇などないと思うのである。

 

(2020年1月27日、日沖健)