少子化にどう対応するか

 

24日に公表された厚生労働省「人口動態統計」によると、日本で2019年に生まれた日本人の子どもは86万4千人で、統計を始めた1899年以降で初めて90万人を下回る見通しになった。これまで国立社会保障・人口問題研究所は、90万人を下回るのは20年と推計しており、それを上回るペースで少子化が進んでいる。死亡数は戦後最多の137万人で、出生数から死亡数を引いた「自然減」は51万人と、初めて50万人を超える。

 

日本の合計特殊出生率は、戦後のベビーブームから急低下した後、第2次ベビーブーム期を含めほぼ2.1台で推移していたが、1975年に2.0を下回ってから再び低下傾向になった。人口はかなり正確に将来を見通せるので、1975年当時から今日の少子化・人口減少は予想されていた。40年以上にも渡って少子化問題を放置してきた歴代政権の罪は重い。

 

少子化問題が長年放置されてきたのは、一つはこの問題で打撃を受けるのは遠い未来のことで、自分がいま生きていく上で差し迫った問題だと考えにくいからだろう。政治の世界で「少子化対策は票にならない」と言われる通りだ。

 

もう一つ、少子化はそもそも大きな問題ではないという見解もある。人口が減っても、生産性を高めて一人当たりのGDP=豊かさを維持できれば良い、というわけだ。最近話題になっている論者では、デービッド・アトキンソンはこの立場に近い。

 

ただ、日本の場合、人口が減っても国の借金は減らないし、働き手は激減するのに高齢者は減らない。生産性を高めるだけでなく、働き手を増やさないと、今でも火の車の国の財政はさらに悪化し、増税と社会保障・公共サービスの縮小で悲惨な社会になってしまうだろう。ジム・ロジャーズはこの立場だ。

 

アトキンソンとロジャーズでどちらが正しいのか。個人的にはロジャーズの主張の方が説得力があり、少子化・人口減少は重大な問題だと思う(アトキンソンの生産性向上に関する主張には全面的に賛同するが)。

 

では、少子化・人口減少が問題であるとして、どういう対策を取るべきだろうか。現在、国は働き方改革で女性が働きながら子供を産み育てることができる環境作りを進めている。改革の方向性は正しいが、十分な取り組みとは言えない。働き方改革の着実な実行に加えて、以下2つの対策を推進したい。

 

一つは、外国人労働者や移民の受け入れだ。現在、特定分野に限って外国人労働者を受け入れているが、人手不足を解消するには相当な数の受け入れが必要だ。単純労働者、さらには移民も柔軟に受け入れるべきだろう。

 

もう一つは、分都だ。合計特殊出生率は、沖縄1.94など地方では高いが、東京1.21など都市圏では低い。少子化問題は都市問題でもある。都市部では、託児所など子育てのインフラを整備するのが難しいし、通勤に時間を浪費、体力を消耗し、出産・子育てどころではない。分都によって行政機能が全国に分散すれば、企業の立地も分散し、国民は地方で充実した生活、子育てができるようになるだろう。

 

外国人労働者・移民の受け入れには「治安が悪化する」、分都には「東京の国際競争力が低下する」という批判がある。批判そのものは正しいとしても、先週「議論が下手な日本人」で指摘した通り、これは典型的な「どちらがマシか」という問題だ。外国人労働者・移民を受け入れて治安が悪化するのと受け入れを拒んで社会保障・公共サービスがなくなるのとどちらがマシなのか、正しく比較対象を設定して議論する必要がある。

 

来年はオリンピックという宴が終わり、9月以降日本人は「さてこれからどうする?」と我に返る。目先の景気だけでなく、少子化・人口減少に関する議論が深まることを期待したい。

 

(2019年12月30日、日沖健)