収まる気配を見せない吉本興業の闇営業問題。先週22日、岡本明彦社長が記者会見を行った。この記者会見で闇営業よりも議論を呼んだのが、通常の仕事でのギャラ(報酬)の配分。一部の所属芸人が「ギャラの取り分は吉本9:芸人1」と暴露したことに対し、岡本社長は「ざっくりした平均値で言って5対5から6対4」と否定した。
芸人が正しいのか、岡本社長が正しいのか。もちろん正確なところはわからないが、芸人が暴露した「9:1」も岡本社長が説明した「5:5」も実態とは異なる。人気のピン芸人でも「5:5」、駆け出しの若手芸人なら「9:1」、平均では「7:3」とか「8:2」というところではないか。
「芸人でもないお前にわかるのか?」という話だが、私が携わっている研修講師業は芸人と同じく人気が命の客商売だし、研修はライブと同じく一種の興行だ。芸人も研修講師とよく似た配分だろう、という推測が成り立つ。そして研修講師が教育団体を通して仕事をする場合、教育団体と講師の配分は「7:3」とか「8:2」だ(もちろん個人差が大きい)。
ところで今回、個人的に「へえー」と思ったのは、「配分は不当だ」「吉本興業は芸人を搾取するブラック企業だ!」という批判がマスコミやネットで広がっていることだ。パワハラなど問題が広がり、吉本興業にはバッシングが吹き荒れているが、こと報酬の配分に関しては、大半の芸人にとって「9:1」や「8:2」は不当でも搾取でもないと思う。
まずビジネスとして考えると、吉本興業など芸能事務所は、営業担当者を抱え、広告宣伝するなど、相当な営業経費を掛けて案件を受注している。マネジャーの人件費、旅費交通費など活動経費もかかる。若手の場合は教育訓練費もかかる。こうしたコストすべてを負担する吉本興業が受注額の大半を受け取るのは、当然のことだ。受注額の半分も芸人に払っていたら、黒字化は困難で、商売として成り立たない。
一方、芸人も、以前はウケ狙い、最近は吉本バッシングへの便乗で「吉本はギャラが安い」と言うだけで、本心はそれほど不満を感じていないのではないか。芸能事務所は他にも山ほどあるのだから、そんなに不満なら条件の良い他所を選べば良い。それよりも、芸能事務所に所属せず自分で営業すれば、1どころか文句なしに10すべてを受け取ることができる。
吉本興業と契約する以前、若手芸人は受注でさんざん苦労してきた。世間に「おもろいヤツ」が五万といる中、名もない芸人には滅多に声が掛からない。たまに出演機会があっても、ギャラは1万円とかで、月収が10万円にも達しないという世界だ。多くの芸人が不満を口にしながら吉本興業を離れないのは、個人で活動していた赤貧の暗黒時代と比べて、吉本興業の看板で仕事がどんどん入ってくるのは、かなりおいしいのだろう。
今回の一件で改めて痛感したのは、日本中に蔓延する営業軽視の風潮だ。「9:1は不当だ!」という非難は、言い換えると「芸を見せる芸人がもっと高く評価されるべきだ。たかが営業しているだけの吉本興業は大人しくしていろ!」ということだ。
芸能界だけではない。多くの日本のメーカーでは、価値ある製品を生み出す開発部門や設計部門が社内で一番偉く、次いで製品を形にする製造部門が少し偉く、「でき上がった製品を客にお披露目するだけ」の営業部門(や「右から左へ運ぶだけ」の物流部門)はほとんど存在価値を認められていない。
しかし、どんなに性能が優れた製品でも、顧客のニーズに合致しないと売れない。市場・顧客のニーズを探り、顧客と関係作りをし、顧客に合った使い方を提案する営業がいて、初めて製品が売れる。製品の性能で他社と差が付きにくくなった昨今、市場分析力・関係構築力・提案力のある優れた営業がいるかどうかが、企業の盛衰を左右するようになっている。
岡本社長には、「芸人よりも、商売を取ってくる会社側の方が偉いんだ。1割で嫌ならとっとと辞めて、自分で営業してみろ」と言い放ち、営業軽視の風潮に一石を投じて欲しかったところである。
(2019年7月29日、日沖健)