終身雇用はどこへ行く?

 

トヨタ自動車の豊田章男社長は13日、日本自動車工業会の記者会見で「終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と述べた。経済同友会の桜田謙悟代表幹事や経団連の中西宏明会長も最近、同様の発言をしている。“ザ・日本企業”で業績好調なトヨタが戦後の日本の経済成長の原動力とされてきた終身雇用の放棄を示唆した衝撃は大きく、ネットでは終身雇用の是非を巡り議論が白熱している。

 

今回は終身雇用の是非を検討したいが、その前に、終身雇用とはいったい何なのか、という疑問がある。

 

「終身」雇用といっても、日本企業には定年制があり(アメリカでは定年制は違法)、従業員は60歳とか65歳で全員クビになるので、一生働き続けられるわけではない。また、よく終身雇用「制」と称されるが、法的な制度ではないし、雇用契約に「死ぬまで雇用します」と明示し制度化している会社は皆無だ。実態を見ても、就業経験者のうち学校を卒業して最初に就職した会社に勤め続けている割合は、50歳代では男性34%、女性7%に過ぎない(内閣府「日本経済2017-2018」)。

 

つまり、「終身」雇用というのはかなり誇張された表現、終身雇用「制」というのは誤解を生みやすい表現で、正確には「従業員の雇用期間が諸外国と比べてやや長い(以前はかなり長かった)」という現象、あるいは慣行にすぎないのだ。

 

そして、この終身雇用=長期雇用を支えている要因は2つ。一つは、経営者の「経営状態が厳しくても歯を食いしばって従業員の雇用を守るぞ」という “心意気”あるいは責任感、もう一つは、解雇を厳しく制限する法規制である。なお、戦後終身雇用が広がったことには労働組合が大きな役割を果たしたが、近年、労働組合の影響力は著しく低下している。

 

では、今後、経営者の心意気・責任感がなくなり、解雇規制が緩和され、終身雇用がなくなったら、いったいどうなるのか。

 

まず、終身雇用の放棄は、日本企業、日本経済にとって好影響がある。業務の複雑化・専門化に対応できず、十分な成果を上げられない従業員を解雇できないというのは、技術変化の激しい今日の企業経営では足かせだ。事業部門が不振でも雇用に配慮して撤退できないというのも、重荷になる。終身雇用という足かせ・重荷がなくなれば、日本企業の収益性は確実に上がる。日本企業の収益性が上がれば、日本経済にとってもプラスだ。

 

従業員にとっても、基本的にはプラスだ。日本企業は1990年代以降、収益悪下に対応してコスト削減のためにリストラ・賃下げを繰り返してきたが、収益向上でこの流れが逆転し、雇用機会が増え、賃金も上がる。また、現在は従業員を解雇できないので、企業は不況時に人余りになることを恐れて必要最小限しか雇用せず、平常時には残業、好況時にはブラック残業で対応している。もし不況時に機動的に解雇できるなら、企業は安心して雇用を増やすことができる。一人当たりの残業は減り、雇用数は増える。

 

悩ましいのは、解雇規制が緩和されたら、能力が低い労働者が解雇されることだ。雇用される労働者の賃金が上がる一方、失業した労働者の収入は減少する。労働者全体で見るとプラスだが、確実に収入格差は広がるだろう。

 

では、終身雇用は良いのか、悪いのか。維持するべきか、放棄するべきか。

 

これは、経済の問題というより、政治の問題だ。経済的に考えると、ここまでの考察の通り、解雇される能力が低い一部の労働者を除いて、国家・企業・大半の労働者にとって終身雇用の放棄はプラスだ。しかし、格差拡大は認められない、弱者保護を徹底するべきだ、という政治的な立場からは、終身雇用を維持するという選択もあり得る。

 

個人的には、一刻も早く終身雇用を放棄するべきだと思う。失業者には失業手当や教育訓練給付などで対応すれば良いわけで、みんな仲良くどんどん貧乏になるよりも、多少格差が広がっても多くの国民が豊かな生活をした方が良い。というものの、最近の日本人の格差アレルギーを見ると、今後議論がどういう方向に向かうのか、予断を許さない。

 

(2019年5月20日、日沖健)