ドラッカー信仰は大問題

 

日本では、「マネジメントの父」と言われ、企業人などから圧倒的な支持を集めるピーター・ドラッカー(19092005)。その著作は今も人気で、代表作「マネジメント」を題材にしたアニメ・映画が作られた。世界唯一のドラッカー学会なる組織まで存在する。

 

最近、大学院の教え子から「日沖先生のドラッカー評を聞かせてほしい」と言われたので、以下、私の考えを紹介しよう。

 

ドラッカーは自身を「社会生態学者」と称しているが、評論家・コンサルタントとしても幅広く活動している。彼の多彩な活動のどこに焦点を当てるかで、評価が大きく異なる。

 

まず、学者としては3流以下、評価不能だ。ニューヨーク大やクレアモント大の教授を務めたが、teaching professor(教育者)に近い立場で、research professor(研究者)として活動しておらず、今日的な意味での学者ではない。日本では、「マネジメントに関するコンセプトやスキルは8 割以上がドラッカー由来」(ドラッカー学会ホームページ)と信じられているが、これは真っ赤なウソ。MBO(目標管理)や知識社会論など新しいアイデアにいち早く着目して社会に広めたが、ドラッカー独自の理論・技法は皆無だ。

 

評論家としては1970年代前半までは1.5流、それ以降は3流だ。時代の変化やマネジメントの本質を捉えた鋭い発言はあるものの、難解・意味不明な禅問答が多過ぎる。「リーダーシップとは責任である」「マーケティングとは顧客の創造である」とか言われて、いったいどれほどの人が理解できようか。日本では、ノストラダムスの大予言と同じで難解さ・意味不明さが経営者には「崇高な感じ」、コンサルタントには「どうとでも活用できる」と受けている。しかしアメリカでは、トム・ピーターズやジェームズ・コリンズといったスターが登場してからは、すっかり過去の人になった。

 

一方、コンサルタントとしては1流である。GMの組織改革など多くの優れた実績を残しているし、手法も現代のコンサルティングに通じる革新的なものだ。世界初のコンサルティング会社は1888年設立のArthur D. Littleだが、作業現場の能率改善指導が主体だった。“経営”コンサルティングを世界に普及させたドラッカーの功績は大きい。

 

ここまで読んでドラッカー・ファンは、気分を害されたと思う。ただ、上記は私独自の評価というわけでなく、アメリカでの一般的な評価だ。ドラッカーはあくまで評論家・コンサルタントで、「邱永漢と堺屋太一、大前研一と船井幸雄ではどっちがすごい?」と議論しないのと同様、日本以外では評価の遡上に上ることすら稀な、「Drucker, who?」という存在だ。

 

となると、どうして日本だけドラッカーが異常に人気なのか、という疑問が湧いてくる。きっかけは、ドラッカーが日本びいきで、戦後たびたび来日してイトーヨーカドーの伊藤雅俊ら財界人と親交を深めたことである。中間管理職も「うちの社長がドラッカーを読んでいるらしい」、一般従業員も「うちの部長が読んでいるらしい」とドラッカーの著作を競って読むようになり、戦後日本の企業人の教科書になった。

 

ただ、それから半世紀以上も人気が続いているのは、仲介者の経団連・上田惇生らの尽力とともに、日本のビジネス界の深刻な病理が背景にある。日本では、頭を使うことが嫌いな経営者や自分の考えをうまく伝えられないコンサルタントが多く、そういう残念な人たちにとって、ドラッカーは非常に便利な道具なのだ。どういうことか。

 

“人間尊重の経営”というテーマでの経営者とコンサルタントの対話。

 

コンサルタント「社長、今こそ人間尊重の経営です」

 

経営者「え、どうしてですか?」

 

コンサルタント「まあ、人間というのは尊重すべき存在だからですよ・・・」

 

経営者「ちょっとピンと来ませんが・・・」

 

コンサルタント「社長、難しいことはともかく、あのドラッカーも人間尊重の経営を主張しているんですよ!」

 

経営者「そうですか。ドラッカーが言ってるなら間違いないですね!」

 

日本では、コンサルタントが自分の考えをうまく伝えられないとき、経営者が考えを理解・整理できずもやもやしているとき、ドラッカーを持ち出せば水戸黄門の印籠のように一件落着する。しかし、このドラッカー問答で経営者の理解は少しも深まっていない。日本でのドラッカー信仰は、経営者・コンサルタントが低レベルであることを意味する。

 

一昔前は、30分の会話の中で10回以上「ドラッカー」と口にする経営者・コンサルタントによくお目にかかった。時代も世代も変わり、自分の頭で考える経営者、自分の言葉で説明するコンサルタントが増え、以上が“日沖昔話”になっているようなら幸いである。

 

<なお、私は30年以上に及ぶドラッカー・ファンで、ドラッカーの主要著作をすべて読んでいる(日本人が書いたドラッカー本を除く)。また、現在コンサルタントをしており、コンサルタントの先達として他の誰よりもドラッカーのことを尊敬している>

 

(2019年5月13日、日沖健)