事故物件公示サイトと破産者マップ

 

不動産マニアの次女と一緒に暇つぶしによく閲覧するのが「事故物件公示サイト」(http://www.oshimaland.co.jp/)。事故物件とは、殺人事件や自殺などが発生した不動産である。このサイトでは、全国の事故物件の場所と事故内容がヤフー地図に表示されている。

 

見ていて飽きない秀逸なサイトだが、不動産業者や大家さんには評判が悪い。賃貸物件が事故物件公示サイトに載ると、入居者が退去したり、家賃相場が下がってしまうからだ。サイト運営者の大島てる氏には、不動産業者などからの抗議・訴訟、はたまた脅迫・殺害予告が殺到しているらしいが、今のところサイトは存続している。

 

このサイトをヒントにして作られた(と思われる)のが「破産者マップ」。自己破産した個人の氏名・住所がグーグルマップに掲載されている。この破産者マップに対し、政府の個人情報保護委員会がサイト閉鎖を求める行政指導をしていたことが先週わかった。個人情報保護法に照らして問題があるという判断だ。破産者マップはすでに閉鎖されており、個人情報保護委員会は、「指導に応じて削除したと考えている」としている。

 

国の発行する官報で破産者のデータが公表されており、破産者マップは官報のデータを元に作成されていた。運営者側は「官報を公表しているのは私ではなく、私たちの国」と反論していたが、最終的に行政指導に従ったようだ。

 

コンセプトがよく似た2つのサイトだが、方や事故物件公示サイトは存続し、方や破産者マップは閉鎖に追い込まれた。今回の行政指導について、個人的に思うところがいくつかある(私は法律の専門家ではないので、今回の行政指導の法的な妥当性は問わない)。

 

まず驚いたのは、行政指導がいまだに強い影響力を持っていることだ。かつて日本では、省庁・自治体など行政機関による不透明な行政指導が横行していた。1994年に行政手続法が施行されたこと、1998年のノーパンしゃぶしゃぶ事件で行政が国民から大バッシングを浴びたことから、近年、行政指導は激減したとされていたが、さてどうだったのか。破産者マップへの行政指導は、行政が権限回復に向けて巻き返していることを伺わせる。

 

次に、個人情報保護という社会の大きな潮流を実感する。2つのサイトで行政の対応が異なるのは、事故物件公示サイトで損害を被るのが不動産業者という営利企業であるのに対し、破産者マップで損害を被るのは破産者という個人だからだろう。色々と理屈はあるものの、企業は多少の不利益を被っても仕方ないが、個人が不利益を被るのは看過できない、ということだろう。2003年に個人情報保護法が施行されてわずか15年で、個人情報保護はこの国の大きな潮流、そして絶対的な価値観になりつつあるようだ。

 

最後に、教訓としたいのは、情報は発信者の意図通りに利用されるとは限らないということだ。官報で国が破産者の情報を公表しているのは、破産者と取引がある債権者(金融業者など)の便宜のためだ。行政側の意図は、金融業者には官報を利用して欲しい、でも一般国民は興味本位で個人情報を詮索しないで欲しい、ということだ。気持ちはわかるが、情報化の時代に発信者が想定する利用者だけが望む通りに利用しろと言うのは、無理がある。

 

近年、企業はPR(消費者向け広報)・IR(投資家向け広報)で膨大な情報を発信するようになっている。個人もSNSで気軽に情報発信する。たいてい情報には、伝えたい対象者と「こういうことを知って欲しい」という意図がある。ただ、日清食品がCMで大坂なおみ選手を白く描いて人権団体から批判されたように、意図しない相手が意図しない受け止めをする可能性がある。情報が必ずしも期待通りに伝わらないという前提で、注意深く情報発信する必要があるだろう。

 

(2019年3月25日、日沖健)