働き方改革の一環として厚生労働省が昨年1月、副業解禁に向けて指針作成など舵を切ってから1年が経過した。
ただ、企業側への浸透は鈍い。経済産業省・関東経済産業局が関東近郊の8千社を対象に昨年行った調査では、大企業・中小企業ともに「取り組む予定はない」とする回答が約8割に上った。労働者が2つの会社で雇用契約を結んだ場合どちらが勤務時間を合算するのかなど、まだ制度として定まっていない部分があるため、様子見をしている企業が多いのだろう。
私もこの件について何人か経営者・経営幹部の意見を聞いたが、やはり報道の通り、否定的な意見が大半だった。ネット掲示板でも働く側からの批判が噴出している。「時間管理が難しくなり、長時間労働を助長するだけ」「これ以上働くなんて真っ平ごめんだ」「現在の勤め先だけで生活できない状態がそもそも問題」
こうした批判・指摘はすべてもっともだ。ただ、気になるのは、副業解禁のメリットがほとんど注目されていないことだ。
副業には、低収入を補える、特技や趣味などに取り組める、専門性を幅広く活用できる、人的ネットワーク・視野が広がる、といったメリットがある。副業をすべての労働者に強制するということではなく、「良かったらやってみれば」という話だから、副業のメリットに着目した議論がもっとあっても良いのではないだろうか。
いま、多くの企業が人の問題で悩んでいる。副業で人手不足を解消できないか、副業を人材育成に活用できないか、という議論があっても良さそうだ。また、企業には高度なCSR(社会的責任)が求められるようになっている。従業員のスキル・経験を副業でCSR推進に活用することが考えられる。
ある変化に直面した際、まずプラス面よりもマイナス面に目を向けるというのは、日本人の大きな特性だ。そして、非常に困った特性だ。
1990年代以降のグローバル化では、「低価格の外国製品が流入し、日本企業の売上が減る」「外国人労働者が流入して治安が悪くなる」といったマイナス面が騒ぎ立てられた。市場を拡大したり、調達を多様化・低コスト化するチャンスなのに、日本企業にとってグローバル化は脅威にしかならなかった。
最近の自動運転では、「まだ技術的に完全ではない」「事故があったら誰が責任を負うのか」という議論ばかりが活発だ。自動運転で事故が減り、危険運転もなくなるのに、「なんとか実用化しよう」という前向きな話にはならない。
日本人では、政府も国民も企業も、変化のマイナス面に目を向けて、徹底的にリスク=不確実性の排除に努めてきた。そのおかげで、日本は、世界で最も安全な社会になった。江戸時代から続く老舗が多数あり、日本企業の寿命は世界で最も長い。一言で言うと、社会も企業も人心も安定した。
しかし、リスクを完全に排除すると、マイナスがなくなる代わりに、プラスの効果もなくなってしまう。社会・経済・技術などあらゆることが進歩する現代において、安定は進歩に取り残されてしまうことを意味する。「お変わりなく」の日本企業が、変化を的確に捉えたアメリカやアジアの企業が成長性・収益性で大きく後れを取ってしまったのは、安定の代償と言えるだろう。
変化を見てプラス面を見るか、マイナス面を見るか。日本人にとっては当たり前のまずマイナスを見る習性が、日本の発展を妨げていると思うのである。
(2019年2月11日、日沖健)