Must・Will・Canの優先順位

 

来年、就活・転活のための会社選びに関する書籍を出版する予定で、仕事・キャリアについてあれこれ考えている。仕事やキャリアではよくMustWillCanという区分が問題になる。

 

²  Must=やらなければならないこと。「今月中に予算書を作成しなければならない」

 

²  Will=自分がやりたいこと。「長年の夢だったカフェを開業したい」

 

²  Can=自分の能力でできること。「ITの知識を生かして業務システム更新を担当する」

 

この3つを同時に満たす1つの仕事をできれば良いのだが、なかなかそうはならない。現実には、それぞれを3つの異なる仕事で満たすことになる。そこでキャリア論では、3つのどれを重視し、どういう順序で満たしていくかが問題になる。

 

近年のキャリア論や就職・転職活動では、WillCanを重視する考え方が支持されている。「自分のやりたいこと(Will)を仕事にしよう」「自分の特徴・スキルを見極めて、強みを生かせること(Can)をやろう」というわけだ。一方Must(あるいはShould)は、置かれた状況でやらざるを得ないが、本人から見た優先順位は低く、キャリア形成にはさほど重要でないとされる。

 

ところで、歴史上の偉人は、どういう順序でこの3つを満たし、偉業を成し遂げたのだろうか。豊田佐吉のように、若い頃からWillの実現に取り組んで偉業を成し遂げたケースもあるが、数的にはMustが最初に来ることが多いのではないか。日本で最初の測量日本地図を作った伊能忠敬は、MustWillCanの順序をたどった。

 

名主の次男として生まれた伊能は、佐原(千葉県)の商家・伊能家に婿養子に入った。商才があった伊能は、力量を発揮し伊能家を発展させた(Must)。そして50歳のとき、長男に家督を譲って隠居し、子供の頃から天体に興味を持っていた天文学を学ぶために江戸・深川に住居を移し、幕府の天体研究機関である天文方の高橋至時に弟子入りした(Will)。

 

天体と暦を研究する過程で地球の大きさに興味を持った伊能は、測量から地球の大きさを推計しようと思い立った。そして、測量技術に研究の幅を広げ、55歳から地図の作成に取り組むようになった。ときは幕末、ロシアなどの外国船来航に対応して、幕府は沿岸防御のために日本地図を作成しようということになった。伊能の地図作成の取り組みと高い技術に着目した幕府は、伊能を武士に取り立て、資金援助をして伊能の地図作成をサポートすることになった。こうして伊能忠敬は、蝦夷地を含めて全国を9回に渡って隅々まで測量し、17年間かけて日本地図を作り上げた(Can)。

 

伊能が日本地図を作成するまで73年の生涯を費やしているので、ずいぶんな回り道である(しかも完成は伊能の没後)。しかし、商家を経営した経験が、困難な測量隊の活動のマネジメントに役立ったし、天文方で天文学を学んだことが測量のスキルを高めた。MustWillに取り組む過程で培った経験・スキルが最終的にCanで偉業を達成するのに貢献したわけだ。もし、伊能がいきなり地図の作成に取り組んでも、人を使う経験も天文・測量の専門知識もなしに、大した地図を作成できなかっただろう。

 

結局、キャリアをどういう時間軸で捉えるか、世の中に何を残したいかという問題であろう。仮にあと1年しか仕事をしないなら、自分のやりたいこと(Will)か、世の中に貢献できること(Can)を優先する。しかし、それでは自己満足にはなっても、十分な力量がないので、大したことは実現できない。偉業を成し遂げたいなら、長期間の職業経験で能力を伸ばしたうえで、自分の能力を発揮できるベストのテーマを設定する必要がある。

 

若者は、まだ長く生きていないので、100年に及ぶ人生を俯瞰して数十年単位でキャリアを考えるということはできない。どうしても、今やりたいこと、今の自分にできることを中心に仕事・キャリアを考えがちだ。ここは、親・教師・キャリアカウンセラーといった年長者が若者に媚びず、長期的視点を持つことの大切さを教えてあげるべきだろう。

 

(2018年12月10日、日沖健)