創業家を尊重するべきか

 

先週、石油元売り大手の出光興産と昭和シェル石油が来年4月に経営統合すると発表した。両社は2015年7月に経営統合に向けた協議を始め、同年11月に基本合意に達したが、出光創業家の反対でいったん白紙になっていた。あれから3年経って、ようやく創業家と話が付いたようだ。

 

統合新会社の社名は、創業家の希望を受け入れて、「出光興産」を維持する。統合後も創業家から取締役候補2名を推薦できるとのことだ。出光興産の月岡社長は、今回の話をまとめるためにずいぶん創業家に譲歩したことが伺われる。この結果だけ見ると、創業家の「粘り勝ち」と言えよう。

 

ただ、この3年間で、EV普及によるガソリン需要の先細り、設備過剰の深刻化など、石油業界の環境は急速に悪化した。各社は合理化に取り組んでいるが、縮小均衡を果たしてもその先の未来が見えない。出光興産と昭和シェル石油がこの喫緊のときに3年を空費した代償は大きく、「誰も勝者はいない」ということだろう。両社の経営陣には、思い切った改革を断行し、株主・従業員・取引先・社会の批判や不安を吹き飛ばして欲しいものである。

 

ところで、上場企業では、今回のように創業家とどう付き合っていくかが問題になる。出光興産の場合、創業家は現在、出光興産の発行株数の28%を保有する大株主であり、「創業家を尊重しろ」という要望を出してくるのは理解できる。しかし、豊田家のトヨタの持ち株比率が1%に満たないように、創業家が少数株主の場合、創業家の扱いはなかなか微妙だ。

 

ここでサラリーマン社長は、たいてい「創業家を尊重します」と言う。問題は「尊重」の中身だ。会社の精神的な支柱あるいは象徴として創業家を尊重するという場合もあるが、実際の経済取引で尊重することも多い。実際の経済取引とは、創業家出身者を取締役など社内の要職に付けたり、創業家の資産管理会社とビルの賃貸借など商取引したりする具合だ。

 

企業、とくに上場企業は、経済合理的に運営されるべきで、少数株主になった創業家を実際の取引で尊重するのは間違っている。他の株主との公平性を保てないだけでなく、無能な創業家出身者を重用したり、非効率な創業家の資産管理会社と取引したりすると、企業価値を毀損してしまうからだ。

 

とくに、創業家出身者が経営陣に入る場合がやっかいだ。人を客観的に評価するのは難しいので、「豊田章男さんが豊田家だから社長に選んだわけではありません。社内で一番優秀な人を社長に選んだら、たまたま豊田家だったということです」と説明されたら、内部情報を持たない他の株主や社外取締役は反論のしようがない。創業家出身者がよほど明白に無能でない限り排除できない。

 

そう考えると、サラリーマン社長が「創業家を尊重します」と発言するのが、そもそも間違っているのではないか。尊重するべきは、創業家でなく、創業者であろう。出光興産の経営陣は、出光佐三のチャレンジ精神を尊重するべきだが、日章興産(出光家の資産管理会社)など出光家を尊重するべきではない。トヨタの経営陣は、豊田佐吉の創意工夫の精神を尊重するべきだが、豊田家出身者を尊重するべきではない。

 

「所有と経営の分離」は、バーリ=ミーンズが1932年に提示した古典的テーマだが、日本では「創業家をどう扱うか?」という具体論になると、経営者も株主も学者も、皆が議論・研究を避けてきた。今回の出光興産と昭和シェル石油の経営統合が、両社の発展や石油業界の再生だけでなく、「創業家の尊重」という問題について考えるきっかけになってほしいものである。

 

(2018年7月16日、日沖健)