キャリア中断の効用

 

日本のビジネスパーソンのキャリア(職業経歴)は画一的で、世界的に特殊でだと言われてきた。ところが、近年、多様化するとともに、アメリカなど諸外国に近づいている。

 

かつて日本では、3月に学校を卒業して同年4月1日に会社に入り、定年まで勤め続けることが多かった。私の父も義理の父もそうだった。ところが、近年は、パートなど非正規労働が増加し、キャリアがどんどん多様化している。また転職や早期退職が一般化するなど、流動化している。

 

一方、昔から諸外国と大きく違って、今日まで変っていないのが、キャリアの中断だ。

 

アメリカなど先進国のビジネスパーソンは、5年働いたら退職し、いったん仕事を離れて、1年経ったらまた別の会社で働き始める、ということをよくする。キャリアを中断している間は、留学したり、諸国を漫遊したり、ボランティアをしたり、と色々な過ごし方をする。

 

日本のビジネスパーソンは、女性が出産・子育てのために退職あるいは長期休暇を取得する場合を除いて、キャリアを中断することはまれだ。そもそもあまり頻繁に会社を辞めないし、辞めても間を置かずにすぐ次の会社で働き始める。

 

日本では、キャリアの中断は絶対的に悪いこと、何が何でも回避するべきことだとされている。ネットで「キャリアの中断」と検索すると、出産・育児の悩み相談サイトが上位にリストアップされ、「職場に復帰しにくい」「昇格・昇給で不利になる」「出産を諦めるべき?」といった悲痛な声があふれている。また、海外留学は代表的なキャリアの中断であるが、近年「留学でキャリアを中断したくない」という企業・従業員の要望に対応し、夜間大学院が次々と設置され、逆に海外留学者は激減している。

 

たしかに、キャリアの中断には不利益があるのは事実だ。中断の間は収入がなくなるし、技術の変化が激しい業界では、長期間仕事を離れると、復帰したら浦島太郎状態になってしまう。

 

もう一つ、日本固有の問題として、キャリアの中断によって昇格・昇給で不利になるという現実がある。多くの日本企業は職能資格制度を採用しており、能力を評価して昇格・昇給を決める仕組みなのだが、勤続によって能力が上がるという大前提があり、キャリアを中断すると同期入社に遅れを取ってしまう。いわゆる年功序列だ。また、退職金の計算でも勤続年数が用いられており、休職すると退職金支給額が目減りする。

 

しかし、(日本ではまったく注目されていないが)キャリアの中断には大きなメリットがある。それは、ビジネスパーソンの職業能力が向上することだ。MBA留学のようにビジネスを学ぶ場合はもちろん、ボランティアや田舎暮らしをすることでも、大いにプラスになる。

 

職業能力と言うと、翻訳・会計処理・プログラミングといった実務スキルを想起するが、こうした業務は早晩ロボット・AIが人間に取って代わる。その状況でビジネスパーソンに要求されるのは、問題を発見したり、アジェンダを設定したり、イノベーションを生み出したりすることで、そのために不可欠なのが、他人と違った視点、広い視野、発想の転換だ。

 

こうした能力は、同じ会社で同じ仕事を繰り返していては、なかなか身に付かない。キャリアを中断して多彩な体験をすること、色々な人と会うこと、外からビジネスを見ること、そして自分自身を見つめ直すことが、極めて有効だ。

 

現状では、女性や伝統企業に所属する従業員にとって、キャリアの中断はマイナスがあまりにも大きい。しかし、今後のビジネスの変化を考えると、気軽にキャリアを中断して職業能力を伸ばせるよう、キャリアの中断を阻んでいる職能資格制度や退職金制度を見直して行くべきではないだろうか。

 

(2018年6月25日、日沖健)