日大危険タックル事件と組織の危機対応

 

日本大学アメリカンフットボール部の選手による危険タックルが大問題になっている。反則行為を指示したとされる内田正人監督は、5月6日の試合から2週間たった19日にようやく関学を訪問して謝罪し、監督辞任を表明した。

 

ただ、これで一件落着とはいかない。内田監督は肝心の反則行為の指示をしたのかどうかを明らかにしておらず、真相は謎のままだ。内田監督は「すべて私の責任」とするが、大学側は「選手が監督の指導を誤解して勝手に反則行為に走った」という旨の“謝罪”を発表し、選手に全責任を押し付けようとしている。うやむやで終わって、関学・日大の選手たちの心に傷を残したり、「アメフトは野蛮なスポーツ」という社会の認識になったりすることがないよう、しっかり原因究明と対策をして欲しい。

 

ところで、事件発生から2週間、内田監督が雲隠れしている間に、事態はどんどん悪化した。大学側の対応も後手に回って、火に油を注ぎ、社会問題化した。そこで考えなくてはならないのは、こういう一大事が起こったときの危機対応(crisis management)だ。2011年の東電原発事故以来言い古されたことだが、改めて危機対応のあり方について考えてみたい。

 

危機対応では、何と言っても初動が大切だ。今回の事件や東電原発事故のように初期段階で対応を怠ったり、不適切な対応をしたりすると、事態が悪化してしまう。適切な対応を迅速に実施して、初めて効果的に対処できる。

 

ただ、一大事が起きたとき、冷静になって的確・迅速に対応するのはなかなか難しい。そこで、事前にしっかり備えておこう、という話になる。専門家・コンサルタントは、「危機管理マニュアルを作りましょう」「BCPBusiness Continuity Plan事業継続計画)は必須です」と企業に売り込みを掛ける。

 

しかし現実には、高いコンサルティング報酬を払って立派な危機管理マニュアルやBCPを作っても、ほとんど役に立たない。あらゆるタイプの危機を想定してち密なマニュアル・計画を作ると、膨大なボリュームになり、誰も目を通さない。従業員は、危機が来るとは思っていないので、マニュアル・計画を“我がこと”と受け止め準備しようとはしない。さすがに、危機管理マニュアルやBCPを「無駄だから作りません」とは言えないが、ほぼ効果がないものと考えた方が良い。

 

それよりも大切なのは、従業員、とくに幹部社員の「常識」と「想像力」だ。

 

今回の事件で、内田監督に少しでも物事の善悪に関する常識があれば、1回目の反則で選手をベンチに引っ込め、その場で関学に謝罪し、丸く収めたはずだ。日大首脳に少しでも世論に関する常識があれば、理事会で今後の対応を話し合ったはずだ。なお、「理事会で議題に上らなかった(=理事会は危機意識を持っていません)」とわざわざ発表した日大広報は、究極的に常識に欠けている。

 

内田監督に少しでも先を見通す想像力があれば、関学や他大学が猛反発することが容易に予想できたはずだ。日大首脳に少しでも想像力があれば、ネットの時代に世間が黙っているはずがなく、早期に対応しないと炎上する、と気づいたはずだ。

 

最近、日本を代表する大企業で不祥事が発生し、多くのケースで初動のまずさが指摘されている。そういう大企業はたいてい危機管理マニュアルやBCPがすでにあるのだが、幹部社員に常識と想像力が決定的に欠如している。幹部社員の常識と想像力をどう高めていくか、今回の事件は企業に抜本的な対策を求めている。

 

(2018年5月21日、日沖健)