収益性・成長性・安全性の優先順位

 

ある中堅機械メーカーの社長との対話。

 

日沖「社長は、収益性・成長性・安全性の優先順位をどうお考えですか?」

 

社長「優先順位なんてありませんよ。どれも大切じゃないですか。」

 

日沖「たしかに3つとも優れているのが理想ですが、3つとも大切にします、というのはきれいごとですね。」

 

社長「きれいごとなんですか。そもそも優先順位を付ける必要があるんですか。」

 

日沖「ええ、収益性・成長性・安全性は相対立しますからね。実際に株主とかステークホルダーに向けて発信するかどうかはともかく、優先順位を明確にするのは大切ですよ。」

 

社長「そうなんですか。まあ、あえて順位を付けるとすれば、安全性、収益性、成長性の順番でしょうかね。」

 

この社長のように日本では、収益性・成長性・安全性の順位付けを意識していない、している場合、安全性を最優先する経営者が多いように見受ける。

 

まず、収益性と安全性が相対立するというのは、会計の基本事項だ。収益性の代表的な指標であるROE(=当期純利益÷自己資本)は、財務レバレッジ(=総資産÷自己資本)・総資産回転率(=売上高÷総資産)・売上高当期純利益率(=当期純利益÷売上高)に分解できる(デュポンシステム)。したがって、財務レバレッジを上げる=安全性を低下させると、収益性は向上する。逆に、財務レバレッジを下げる=安全性を向上させると、収益性は低下する。

 

また、安全性と成長性も基本的に相対立する。成長性を高めるには、安全確実な既存事業に安住しているだけではだめで、新製品・新市場に事業展開する必要がある。新製品・新市場は投資を伴ううえ、リスクが大きいので、成長性を求めると安全性が低下する。

 

収益性と成長性は両立することもあるが、一般に、売上高を増やすにはマーケティング費用を掛けたり、売価を下げたりするので、収益性は低下する。収益性と成長性も対立するわけだ。

 

収益性・成長性・安全性が相対立するからには、どれを優先するかという問題が出てくる。日本では、よく「あの会社は無借金の優良企業だ」と言われる通り、負債が少なく安全性が高いことが断然重要視されており、収益性はその次、成長性はほとんど省みられていない。

 

ここで、負債(借入金)よりも資本の方が調達コストが高いという事実を理解する必要がある。企業は負債を提供する銀行には元本・利息を優先的に支払うのに対し、資本を提供する株主には元本を返済しないし、最終的に当期純利益が残ったら分配するだけだ。つまり、株主は大きなリスクを負って企業に投資しており、企業はリスクに見合う大きなリターン(当期純利益)を提供しなければいけない。これを企業が株主に支払うコストと考えるなら、株主のコストは高いのだ。安全性を高めるために資本を増やすと、調達コストが高まり企業価値を高めるのが難しくなる。

 

成長性を表す経営指標がCAGRである。Compound Annual Growth Rateの略で、複利での年成長率である。欧米では、数ある経営指標の中でROEに次いで最も重要視されているが、日本では「何それ?」というところだろう。日本では、CAGRだけでなく明確な成長性の目標を掲げる企業は少ない。日本企業の成長性軽視は深刻だ。

 

法人企業統計によると、日本企業の売上高は2006年がピークで、全体としては長期低迷が続いている。過去6年連続で史上最高益を更新している通り、日本企業の収益性は上がっているが、大局的に見ると、減収増益、リストラや為替によるねん出に過ぎないのだ。

 

「人口が減少する日本で成長を追うのは現実的でない」「成長しなくても着実に収益を上げればよいではないか」という意見をよく耳にする。しかし、成長しない企業は株価が上がらないので、株主が投資しない。給料が増えないので、優秀な人材も集まらない。資金と人が集まらず、やがて経営が立ち行かなくなる。

 

江戸時代のような鎖国状態なら、成長を放棄する選択も十分にありえたが、グローバル化の時代には通用しない。より高い利回り・高い報酬を求めてグローバルに資金・人材が移動する時代に、企業が成長を放棄してひっそり身をかがめ続けることはできないのだ。

 

成長性軽視という事実について、企業経営者は自分なりのスタンスを確立してほしいものである。

 

(日沖健、2018年5月7日)