内政事情で外交政策を決める危険

 

 

トランプ大統領は先週22日、中国によるアメリカの知的財産権の侵害に対する制裁として、中国からの輸入に関税を課す大統領令に署名した。対象品目は500億ドル(約5兆円)以上になる。また、大統領権限で貿易制限をかける通商法301条を発動し、中国企業の対米投資も制限するという。中国は、この措置に「報復も辞さない」と猛反発しており、にわかに米中2大国家が貿易戦争に突入する危険が高まってきた。

 

中国が先進諸国の知的財産権を侵害しているのは周知の事実で、アメリカの措置には一定の理がある。しかし、中国から大量に工業製品を輸入している現状で実際に今回の措置に踏み切ったら、輸入物価が急上昇し、コストプッシュ・インフレになる。中国が報復措置として大量に保有する米国債の売却に踏み切れば、ハイパーインフレで米国経済は麻痺する。経済面では、世界中の誰も得にならないまったくの愚策だ。

 

タイミングの問題もある。中国による知的財産権侵害はずっと以前から続いており、「今なぜ?」と思う。しかも、1980年代の日米貿易摩擦では、数年に及ぶ交渉で日本政府に圧力をかけ、日本メーカーの輸出自主規制を引き出した。それと比べて今回、いきなりの制裁発動はあまりに性急だ。トランプ大統領の性格かもしれないが、アメリカにとってマイナスにしかならない貿易戦争を大急ぎで始めるのは、実に不可解である。

 

タイミングに関するトランプ政権の理由付けは、トランプ大統領の指示で昨年夏から米通商代表部が中国の知的財産権侵害の実態を調査してきた調査結果が22日に報告されたからそれを受けて、となる。しかし、実際は、今秋の中間選挙を意識してのことだろう。トランプ政権は、相次ぐトラブル・スキャンダルで支持率が低下し、補欠選挙でも共和党候補が敗れるなど、尻に火が付いている。起死回生で、国民受けを狙って今回の決定に至ったという可能性が極めて高い。

 

トランプ大統領は、「アメリカ第一」を掲げ、TPP脱退、メキシコ国境の壁など国民のナショナリズムを煽り立てて当選した。今回も、支持率低下という内政事情で外交政策を決めてしまった。「支持率回復のためなら善悪関係なく何でもやる」というのが一貫した外交方針のようだ。

 

そこで懸念されるのが、北朝鮮問題である。強硬路線だったアメリカが今年に入って急転直下、対話路線に転換し、5月に米朝首脳会談が実現しそうだ。よく「昨年からの経済制裁が効いて北朝鮮が泣きついてきた」と解説されるが、トランプ大統領の方も渡りに船で、支持率回復のために対話を切望していたのではないだろうか。

 

米朝首脳会談で非核化について話し合う。金正恩が核放棄を飲めば、もちろんトランプ外交の大きな成果で、支持率が上がる。核放棄で合意できず交渉が決裂した場合、先制攻撃をする口実になる。先制攻撃をすれば、湾岸戦争・イラク戦争の例を引くまでもなく支持率は急回復する。「対話の継続で合意」などと先送りにならない限り、米朝首脳会談はどっちに転んでもトランプ大統領にプラスになる。トランプ大統領にとって実においしい話だ。

 

支持率低迷というと、気になるのが森友学園問題で窮地に立つ安倍政権。北朝鮮問題ではアメリカと歩調を合わせて強硬路線だったのに、3月以降、急速に対話路線に舵を切り、現在、日朝首脳会談の実現に向けて奔走している。「同盟国である米韓の方針が変わったから」ということのようだが、実際はどうだろう。

 

日朝首脳会談の開催が決まれば、会談が終わるまで森友学園問題への野党の政権追及の手が緩むし、国民も去年のように忘れてくれる。仮に「横田めぐみさん帰国」で合意すれば、森友も加計も諸々の問題がたちまち吹っ飛んで、支持率は急回復、秋の自民党総裁選での3選が確定する・・・。もちろん、安倍首相の胸中を知る術はないのだが。

 

一国のリーダーを選ぶのは、その国の国民だ。国民は、生活に直接関係ない外交よりも、内政を重視する。そのため、今回のトランプ大統領のように、内政事情を理由に外交で愚策を講じるということが起こりうる。民主主義政治が持つ構造的な欠陥を痛感せざるを得ない。

 

(2018年3月26日、日沖健)