事業承継支援に異議あり

 

中小企業の後継者不足が社会問題化している。全国約400万社の中小企業のうち今後10年で平均引退年齢の70歳を超える経営者は6割の245万人に達するが、半数の約127万人の後継者が決まっていない。中小企業庁の試算によると、今後、後継者不足から中小企業の廃業が進み、2025年頃までの約10年間で、全国で約650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われるという。

 

この話を聞くと、「これは国家的な危機だ。何としてでも中小企業を支援し、円滑な事業承継を進めてもらう必要がある」という議論になるのだが、果たしてそうだろうか。

 

私は中小企業の支援を使命とする中小企業診断士だし、知り合いにも中小企業の事業承継支援に取り組むコンサルタントがたくさんいる。その立場からは非常に言いにくいことだが、後継者不足を巡る現在の議論は過剰反応である。また、事業承継支援には負の側面があることが忘れられている。

 

まず、日本のGDPが22兆円失われ、失業者が650万人発生する、というのはずいぶん雑な試算だ。中小企業庁は、2025年までに経営者が70歳を超える法人の31%、個人事業者の65%が廃業すると仮定し、09―14年に廃業した中小企業が雇用していた従業員数の平均値(5・13人)と、11年度の法人・個人事業主一者当たりの付加価値をそれぞれ利用し、試算している。

 

しかし、仮に後継者不足によって廃業する企業が続出しても、廃業する企業が提供している製品・サービスを他社がここぞとばかり供給することだろう。また、一時的に失業者が発生するにせよ、大半は再就職できるはずだ。需要や雇用が他の企業にシフトするだけの話で、中小企業庁の試算はあまりにも過大だ。

 

「そうは言っても、中小企業にしか作れない独自性の高い製品もあるのでは?」という反論がある。しかし、そういう価値のある会社は、他社から見て喉から手が出るほど欲しいので、廃業に至る前にM&Aが実現するだろう。良いものには買い手が現れるという市場原理がちゃんと働くなら、後継者難で価値ある中小企業が廃業に追い込まれることはない。スキルのある労働者が路頭にさまようこともない。

 

後継者難で廃業するのは、提供する製品・サービスに魅力が乏しく、M&Aの買い手が現れない企業だ。そういう会社を無理やり延命させるのは、日本経済にとって負担になる。魅力が乏しく、後継者難で立ち行かない企業を整理し、従業員は将来性にある企業に移ってもらう方が、マクロ的には確実にプラスだ。

 

現在、国・自治体などは、煽りまくりの恐怖の試算に基づき、中小企業の事業承継を政策的に支援している。しかし、国がやるべきことは、魅力的な企業にちゃんと買い手がつくようにM&A市場を整備すること、廃業する企業の従業員が円滑に転職できるよう労働市場を整備することなど、市場原理がきちんと働く環境を整えることだ。

 

私も経営コンサルタントとして、中小企業の事業承継を支援することはある。ただ、中小企業を延命させるために補助金の獲得方法を指南するような仕事は、一切引き受けない。すでに後継者が決まっており、世代交代を機に事業と組織を変えようという意欲のある企業で、後継者と一緒に次世代のビジョンや組織体制を検討するという仕事に限って引き受けている。

 

日本では、戦後創業した伝統企業が衰退し、国際競争力を失う一方、時代の変化を捉えて躍進する新興企業がまったく少ない。アメリカでは、アップル・グーグル・フェイスブック・アマゾンと革新的な企業が続々登場するのに対し、日本で優良企業と言えば昔も今もトヨタだ。

 

 同じ経営者が事業を続けていると、経営を大きく変えるのは難しい。しかし、経営者が交代すると、心機一転、比較的容易に経営を変えることができる。事業承継は、企業経営を変え、引いては経済の構造を変える格好のチャンスなのだ。

 

 政府やコンサルタントが進める事業承継支援が、日本企業・日本経済の構造転換の阻害要因にならないことを切に願っている。

 

(日沖健、2017年11月13日)