地方グルメの幸福感

 

年間140~170日、地方出張している。出張先で一人で夕食という場合、コンビニ弁当は嫌いなので、たいてい外食する。せっかくの外食なので、時間が許せば地方の名店の味を楽しむようにしている。

 

地方の名店では、いくつかの点で東京の名店では味わえない幸福感がある。

 

まず地方の名店は、東京の店と比べて食材が良い。食材が新鮮だし、東京では流通していない珍しい食材にお目にかかる。よく「包丁の使い方など料理人の腕で料理の味が決まる」と言われるが、これは日本の料理人の自惚れと似非グルメの勘違いだ。フランスなど海外では、たいてい「素材が7割(8割)、料理人の腕は3割(2割)」と言う。ご当地の豊かな食材が簡単に手に入る地方の店は、それだけで大きなアドバンテージがある。

 

次に、価格が割安なのが良い。私が気に入っている福山「なかくし」、三島「山傳」、酒田「ポットフー」など、銀座の2分の1から3分の1の値段で質の高い料理を提供してくれる。「お前、大きなこと言ってる割にセコイな」と思われるかもしれないが、“食べログ”などを見ても、レビュアーは料理の味だけでなく価格・サービスなどを含めた総合的なバランスで評価している。とにかく安い地方の名店は、「おいしかったけど、あの値段は・・・」と後悔するリスクが小さい。

 

さらに、酔っ払ってすぐに就寝できるのも良い。食事の満足感は、店の中だけでなく、自宅を出てから帰って眠りに就くまでのトータルで決まる。銀座でディナーというとき、行きは期待に胸を膨らませているので問題ないが、酔っ払いに囲まれて1時間かけて帰宅するのにはゲンナリする(自分も酔っ払いなのだが…)。その点、飲んで食って会計し、10分後にはホテルで「美味かったぁ、寝るぞ」とひっくり返ることができる地方は、圧倒的に後味が良い。

 

このように、地方の名店では東京の名店にはない幸福感が得られる。観光ブームに沸く日本には色々な楽しみがあるが、地方グルメは性風俗と並んで日本が世界に誇る最高のおもてなしだと思う。

 

ただ、地方の名店の将来に関し、不安もある。それは今後、料理やサービスが進化しないのではないか、という点だ。

 

地方には本格的な飲食店が少ないので、ちょっとした名店はその地方で孤高の存在になってしまう。地方の客は名店で食事をする機会が少なく、名店に不満を感じても、それほどうるさく注文を付けない。つまり、市場原理によって料理・サービスが進化することが少ないのだ。

 

また、客だけでなく店主も他の名店で本物の味を確かめ、研究する機会が少ない。「すきやばし次郎」の小野二郎氏が91歳になった今も他ジャンルの名店を食べ歩いているのと比べると、地方の店主は全般に勉強不足である。地方にもキラッと光る料理人はたくさんいるが、訪れるたびに進化しているという料理人は少ない。学習によって進化することも少ないのだ。

 

以上のことは、飲食店以外の地方企業にも当てはまると思う。市場原理と学習で進化することが少ないという問題点は、地方企業の経営者が努めて意識するべきことだろう。

 

地方は地縁・血縁など人間関係が濃厚なので、ビジネスをゼロから立ち上げて人間関係に入り込み、軌道に乗せるのは難しい。しかし、いったん地元の自治体・有力者・有力企業と関係を結ぶと、事業は格段に安定する。ただ、安定を手に入れると、居心地の良い状態に安住し、進化を止めてしまうことが多い。

 

もちろん、市場原理が働かず、学習機会が少ないという環境に負けず、不断の努力で日々進化し続ける名店や地方企業がまれにある。そういう奇跡の名店・地方企業に出会えるのが、地方出張の最高の喜びである。

 

(日沖健、2017年7月17日)