日本の富裕層が心配していること

 

今年に入って、金融資産を数十億円以上保有する超富裕層と3人お会いした。著名投資家(の奥さん)・起業家・地主である。超富裕層というだけで拒否反応・反感を示す方が多いかもしれないが、3人が共通して興味深いことを語っていたので、ここで簡単に紹介したい。

 

3人が揃って口にした結論は、「日本はそろそろ限界、海外に資産を移転させている」ということだ。

 

「日本はそろそろ限界」という部分について、彼らが指摘したのは2点。一つは、国家財政の破綻、もう一つはアジア情勢の緊迫化である。

 

国家財政については、言うまでもなく、日本の債務残高は対GDP比などで見て先進国で最悪の状態である。しかも、安倍政権は、財政再建を事実上断念(放棄)した。もう数年は持ちこたえられるが、オリンピックが終わり、団塊の世代が後期高齢者になる2020年以降、税収減少と年金・医療の支出増が加速し、いよいよ財政破綻が現実になるのではないか、と懸念される。

 

私が「政府の債務は国民の債権であり、政府と国民を合わせた国家全体で見れば問題ない、という意見がありますが」と水を向けると、地主から「その理屈だと、多重債務者の債務は消費者金融の債権だから多重債務は問題ないという笑い話になりますね」と軽く論破された。

 

たしかに、政府の債務は、最終的に国民からの税収で返済するか、ハイパーインフレで国民に転嫁するしかない(限られた額で増加しないなら、返済せず永久に借り続けることで問題ないが)。焦点は、破綻が数年後に起こるか、数十年先のことか、というタイミングだ。富裕層は「Ⅹデーは意外と近い」と考え、大増税・財産没収・ハイパーインフレが起こる前に資産を海外に移している。

 

もう一つのアジア情勢の緊迫化とは、北朝鮮の暴走と米中の軍事衝突である。自暴自棄になった北朝鮮が制御不能になるリスクが高まっているだけでなく、その先に米中の軍事衝突も視野に入ってきた。オバマ政権は長期的には世界の覇権が中国に移ると達観していたが、トランプ政権はこの歴史の流れにあがなって中国を力で抑え込もうとしている。北朝鮮の暴走や南沙諸島・尖閣諸島・台湾海峡での国境紛争などをきっかけに米中の対立が軍事衝突に発展し、その悪影響が日本に及ぶリスクを排除できない。

 

私が「北朝鮮がミサイルを発射すると安全資産の円が買われる通り、日本への影響は限定的。むしろ朝鮮戦争やベトナム戦争のときのように、日本にプラスに働く可能性もあるのでは?」と聞くと、起業家はきっぱりと否定した。「朝鮮戦争やベトナム戦争は、(米ソの介入はあったものの)基本的には内戦で、日本とは無関係だった。しかし北朝鮮あるいは中国は、沖縄の在日米軍への攻撃や本州を狙ったミサイル攻撃に踏み切る可能性があり、日本に直接的な影響が及ぶ」

 

こちらのリスクは、金正恩・トランプ・習近平という理解と制御が困難なリーダーの意向に左右されるので、展開を予測することが極めて難しい。明日北朝鮮からミサイルを撃ち込まれるかもしれないし、結局何も起こらなかったというハッピーエンドもありうる。しかし、去年まではテールリスク(発生確率は低いが発生すると重大な影響を及ぼすできごと)だったのが、今年に入ってにわかに現実的なリスクになっており、富裕層は資産防衛に走っているのだろう。

 

もちろん、この3人が富裕層の考えを代表しているとは限らないし、そもそも富裕層は国民全体からするとかなり特殊な存在で、一般国民とは違った発想をしている。常識的には、「こういう見方をする人も一部にいる」ということに過ぎない。

 

ただ、富裕層は守るべき資産を持っているので、守るべきものがない我々一般国民と違って、資産価値を脅かすリスクに非常に敏感だ。情報を収集し、リスクへの対応を日々真剣に考え続けている。「オオカミ少年だ」と一笑せず、彼らの心配に耳を傾ける価値はありそうだ。

 

(日沖健、2017年4月10日)