11月10日のアメリカ大統領選で勝利した共和党のドナルド・トランプ氏は、アメリカ第一主義という理念の下、様々な政策を掲げている。その中で個人的に最も注目しているのが、10年間で6兆ドルという大規模な減税案だ(以下、トランプ減税)。とくに、国税にあたる連邦法人税の税率を現行の35%から15%に引き下げる意向を示しており、今後の動向・影響が注目される。
アメリカで企業の利益にかかる法人税率は、国と地方を合わせて約40%と先進国では突出して高い。今回、タックスヘイブン(租税回避地)に近い低税率を実現することで、海外に移転した企業を米国に呼び戻すとともに、外資企業も誘致してアメリカ国内に雇用を創出しようというのが、トランプ減税の狙いだ。
現時点で、トランプ減税が実現するかどうかは、まったく不透明である。減税したいのは本音だろうが、規模については選挙対策のリップサービスの色合いが強い。伝統的に小さな政府を志向する共和党は、減税には賛成だろう。ただし、抱き合わせで実施する財政出動には、強い拒否感がある。トランプ氏は巨額の減税を埋め合わせる財源を示しておらず、財源確保も頭が痛い。さらに長期的には、減税措置が終了した後に緊縮財政で一気に景気が悪化する「財政の崖」の問題も無視できない。何もしないわけには行かないから、小規模な減税はするだろうが。
ただ、超大国で、しかも税率が高いアメリカが実際に大規模な減税に踏み切ったら、世界に激震が走る。
近年、ただでさえ、法人税の引き下げが世界的な潮流となっている。6月にEUからの離脱を決めたイギリスは、法人税率を現在の20%から引き下げる方針だ。日本でも第2次安倍晋三政権誕生時に37%だった税率を下げ続けて、今年から29.97%となった。トランプ減税によって、各国の税率引き下げ競争が一気にヒートアップすることだろう。
日本は、先進国最高の法人税率になってしまうことを避けるため、追加の法人税減税(と穴埋めのための消費税増税)を余儀なくされる。追加減税によって企業の税負担はさらに減るものの、他国も法人税を引き下げている状況で、国際競争力が高まるわけではない。税収減が末期的な状態の国家財政にさらに追い打ちを掛ける危険性も考えると、日本にとってトランプ減税は非常に不都合な話である。
それよりも心配なのが、タックスヘイブンと呼ばれる国だ。バミューダ諸島やケイマン諸島のような著名なタックスヘイブンだけでなく、アイルランド・香港・シンガポールなど、低税率を外資誘致の切り札にしている国は多い。こうした国は、トランプ減税によって、国家存亡の危機を迎える可能性がある。
超大国アメリカが主導する法人税引き下げ競争は、いったん号砲が鳴ったら食い止めるのは難しい。トランプ氏が自ら「止めます」と言うまで競争が続き、究極的には、法人税が世界中の国から姿を消すというのも荒唐無稽な話ではなさそうだ。
ただ、法人税が消滅するのは、悪いことばかりではない。法人税は、他の税金と比べて非合理な点が多く、抜本的な改革が必要とされているからだ。
法人税は、税収が景気に左右され、国にとって安定的な財源になりにくい。「取れるところから取る」というのは非常に安直だし、経済・社会の発展に貢献する高収益企業ほど大きなペナルティを課されるというのも、考えてみるとおかしな話だ。トランプ減税に関係なく、長期的には各国とも法人税を廃止する方向に進んで行くのではないか。
個人的には、利益(益金)に課税する現在の法人税よりも、売上高・従業員数などに応じて課税する外形標準課税の方が合理的だと思う。外形標準課税なら、浅く広く安定的に税収を確保できるし、赤字を装って法人税逃れをしている限界企業を淘汰することができ、日本経済の構造改革が進む。
今後、トランプ減税の行方を注視するとともに、改めて税制のあり方について考え直すきっかけにしたいものである。
(日沖健、2016年11月28日)