MBAを巡る良い変化、悪い変化、変わるべきこと

 

私は1998年に米Arthur D. Little School of Management(現・Hult International Business School)でMBAを取得した。2006年から現在まで産業能率大学・マネジメント大学院のMBAコースで教えている。また、ハーバード大・シンガポール大・東洋大・法政大・中京大・グロービスなどのMBAコースで教える教員を100名以上知っている。(大して自慢にならないが)おそらく日本で最もMBAを熟知している関係者の一人だと思う。

 

2000年以前と比べて、近年MBAが大きく変わっている。良い変化もあれば、悪い変化もある。そして、変わるべきなのに変わっていないこともある。今回は、日本のMBAを巡る近年の変化について考えてみたい(なお、以下は日本のMBAに関する一般論で、特定の大学についての指摘ではない)。

 

第一の良い変化は、MBAの学生が増えたこと、MBAが普及したことである。国内に慶応ビジネススクールしかなかった時代には、休職・退職してアメリカに渡るのが普通で、MBAで学ぶのはハードルが高かった。2000年以降、国内に夜間MBAコースが相次いで開設されたことで、社会人が仕事を続けながら通いやすくなった。企業内でのOJTが主体だった社会人の人材育成の幅が大きく広がった。

 

もう一つの良い変化は、人生を変えるために入学する学生が増えたことだ。かつてMBAというと、元々優秀なエリート社員に箔をつけさせるために企業が社費で留学させるのが一般的だった。企業は、本音ではMBAそのものに期待しておらず、学生の採用を意識して嫌々派遣していたのではないだろうか(「学生の皆さん、わが社にはこんな素晴らしい留学制度がありますよ!」)。それに対し最近は、企業の事情と関係なく、自分のキャリアを変えるために自ら進んで門を叩く前向きな学生が増えている。

 

逆に悪い変化は、学生の質が下がったことである。これは、学生のすそ野が広がったことが最大の要因だが、学校側の姿勢にも問題がありそうだ。日本の大学の多くは、少子化で学部の経営が厳しさを増しており、MBAなど社会人教育に活路を見出そうとしている。そのため、大学院のレベルに達していない質の低い学生でも取り敢えず入学させてしまう傾向がある。意識・能力の高い学生から、「周りの学生のレベルが低くて失望した」「MBAってカルチャースクール?」という苦情をよく耳にする。

 

ということで、良い変化も悪い変化もあるのだが、個人的には学生の質の低下はそれほど深刻な問題ではなく、全体的には日本のMBAは良い方向に向かっていると思う。ただ、変わってほしいのにあまり変わっていない点がいくつかある。

 

一つは、MBAの授業内容だ。アメリカのMBAでは、近年、コーポレートガバナンス、リスクマネジメント、アントレプレナーシップなど新しい科目を取り入れる動きが急だ。各校が時代の変化に合わせること、独自性を出すことに知恵を絞っている。それに対し日本のMBAでは、伝統的な基本科目が中心で、授業内容の刷新はあまり進んでいない。

 

もう一つは、企業におけるMBAホルダーの扱いだ。日本企業は昔から、既存の人事体系や社内秩序を壊さないよう、MBAホルダーを特別扱いすることを避けてきた。この「勉強は勉強、仕事は仕事」という伝統は、今も頑なに守られている。「MBAを取ったら給料を上げろ、昇進させろ」などと要求するわけではないが、高度な経営管理スキルを習得したMBAホルダーを遊ばせておくのは、実にもったいない話だ。MBAホルダーを事業企画担当や事業責任者などのポジションで活用するくらいは、ぜひとも実行してほしいものである。

 

最後に、日本で「MBA=夜間コース」という認識が定着したのは、良い面と悪い面があり、微妙なところだ。良い面は、繰り返しになるが、社会人が通いやすくなり、MBAが普及したことである。

 

逆に悪い点は、仕事との両立で忙しく、通り一遍の詰め込み勉強になり、せっかくの学習があまり身に付かないことだ。また、どうしても仕事のことが頭から離れず、自分のことや会社のことを客観的に見つめ直すのは難しい。

 

私がアメリカのMBAで学んで良かったと思うのは、会社を離れ、日本を離れ、自由な立場で外国から客観的に色々なことを見ることによって、人生を見つめ直し、経営を担う上で必要な大局的な視点を得ることができた点だ。お金と時間が許せば、休職・退職して海外のMBAに行った方が良いように思う。

 

(日沖健、2016年11月7日)