因果関係を学ぼう

 

日銀の金融政策がいよいよ行き詰まっている。日銀は、2013年から空前の規模の量的緩和を実施してデフレからの脱却に挑んできたが、足元の物価上昇率は0%近辺で低迷している。今日から開催する金融政策決定会合で、物価見通しをさらに下方修正し、目標とする上昇率2%の達成時期を現在の「2017年度中」からさらに先送りする方向で検討する模様だ。

 

デフレが収まらない原因について日銀は、2014年の消費税増税で消費マインドが落ち込んだことや原油価格が下落したことを挙げている。しかし、原油価格の下落は、消費税増税分約9兆円をはるかに上回る実質所得増加の効果を国民にもたらしており、デフレが収束しないことや金融緩和の効果が現れないことの説明になっていない。

 

日銀やリフレ派の経済学者は、デフレが日本経済の諸悪の根源であり、金融緩和でデフレマインドを払しょくすれば、個人消費が盛り上がり、経済は復活するという。しかし、デフレを経済悪化の原因だとする認識がそもそも間違っている。経済状態が悪化すると賃金が上がらず、ものが売れない。ものが売れないと価格が下落する。デフレは経済悪化の原因でなく、経済悪化の結果なのだ。量的緩和にカンフル剤の効果があることは否定しないが、3年以上にも渡って大々的に実施するものではない。

 

今年に入って日銀は、量的緩和に加えてマイナス金利など金利に働きかけるようになっている。金利を下げれば、設備投資・住宅投資が誘発され、経済活動が活発になり、デフレも解消される、と考えているらしい。

 

しかし、国内市場が縮小し、人口減少で住宅が余る状況で、もともとゼロに近い金利が少々下がったくらいで、設備投資・住宅投資が盛り上がるはずがない。金利引き下げの投資誘発の効果がまったくないとは言わないが、政策としては極めて効率が悪い(しかも年金の運用の悪化など副作用が大きい)。

 

ここでもやはり、投資の結果として金利が決まるという逆を考える必要があるのではないか。経済が低調だと、設備投資が盛り上がらない、投資が低調だと資金需要が減る、資金需要が減ると金利が下がる。金利が投資を決めるという因果関係よりも、投資が金利を決めるという因果関係の方が優勢だろう。

 

つまり、日銀は、量的緩和でもマイナス金利でも、基本的な因果関係を誤認しているということだ。頭脳明晰な黒田総裁が、こんな簡単なロジックをわからないはずがない。おそらく「効果が小さいのは百も承知だが、安倍政権や世間がうるさいから、何もしないわけにはいかない」というのが本音だろう。

 

以上、日銀の金融政策という大きなテーマを取り上げたが、日常のビジネスでも家庭でも、因果関係の誤認はよく見受ける。たとえば、経営者がよく「組織風土が悪いから、事業活動が停滞し、業績が悪い」と嘆くが、組織風土の悪化は業績悪化の原因でなく、結果である。あるいは、「タバコを止めるお金持ちになれる」というのも、因果関係ではなく、単純相関(相関関係、因果関係はないが連動性がある関係)だ。

 

私は、産業能率大学・マネジメント大学院で「ロジカルシンキング」(論理的思考)を教えている。色々な概念・技法を扱っている中でも特にしっかり学んで欲しいのが、因果関係の分析である。

 

われわれはあまり深く考えずに「Aという問題の原因はBだ」と言うが、因果関係が成立するには、①相関性(AとBの動きは連動している)、②時間的先行性(BはAに先行して発生している)、③疑似相関の欠如(B以外にAを発生させる有力な原因がない)という3つの条件が必要だ。夏の気温とビールの売れ行きのように因果関係が明白な場合は良いが、不確かなら3つの条件を検証する必要がある。

 

ビジネスの問題を解決するのが経営者・マネジャーの役割だ。ところがわれわれは、学校でも職場でも、問題解決の方法については意外と学んでこなかった。問題解決では、独創的な解決策を立案することに注目が集まるが、その前に、原因をしっかり把握しないといけない。まずは因果関係の基本ロジックを学んで、問題解決に取り組んでほしいものである。

 

(日沖健、2016年10月31日)