ビジネス書出版を巡る5つの誤解

 

1999年に『ハイインパクト・コンサルティング』を翻訳出版して以来、かれこれ24冊ビジネス書を出版している(単著18冊、共著4冊、翻訳2冊)。自分のノウハウや学説を世に問いたいと考えている同業のコンサルタントや大学教員が多いようで、たびたび「どうしたら出版できるのか?」という質問を受ける。細かいノウハウは必要に応じて個別にお伝えするとして、ここではビジネス書出版を巡る5つの誤解と真実を紹介しよう。

 

誤解その1「本を出せば、夢の印税生活!」

 

さすがに本気で言っている人はいないだろうが、よく言われることだ。しかし、本を書くという行為は、ビジネスとしてはまことに効率が悪い。人にもよるが1冊本を書くには数百時間の時間がかかるのに、印税率は定価の5~10%、初版部数は数千部なので、印税収入は数十万円前半にしかならない。奇跡的にベストセラーにならない限り、平均時給は学生のアルバイトを下回る。金を目当てにするなら、出版に労力を費やすのは止めておいた方が良い。

 

誤解その2「有名人か、特殊なノウハウ・経験を持つ人でないと出版できない」

 

昔はビジネス書を出すというと、成功した経営者か著名な経営学者・評論家が多かった。今でもその名残りで、有名人以外は特殊なノウハウ・経験が必要だと考える方が多いようだ。しかし、日本国内の年間の出版点数が3万点に及んでおり、出版業界では良い書き手が少なくて困っている状態だ。良いか悪いかは別にして、出版のハードルは、近年どんどん低下している。

 

誤解その3「出版社・編集者に強力なコネが必要」

 

 そうはいっても本を出版したい人も多いから、出版社・編集者に強力なコネがないと門前払いを食うのではないか、という懸念がある。たしかに、コネがあれば門前払いを食うことはなくなるが、それ以上でもそれ以下でもない。出版社・編集者は慈善事業をしているわけではないので、いくらコネがあっても売れそうにない本を出版することはない。コネのあるなしは、出版できるかできないかとほとんど関係ないと思って良い。

 

誤解その4「書き終えた原稿を出版社に持ち込む必要がある」

 

文芸作品の処女作は、原稿を書き終えて出版社に売り込む。それに対しビジネス書の場合、著者はまず企画書を書いて編集者と相談し、出版社の内部の編集会議で企画が通ったら執筆を始める(サンプル原稿を企画書の段階で書くことはあるが)。出版社の編集者は多忙なので、海とも山ともわからない原稿を読むことを嫌う。きちんと企画書を書いて相談するのが、編集者にとって都合がよい。

 

誤解その5「まず1冊出版すれば、後は芋づる式に続々出版できる」

 

よく「とりあえず1冊目を自費出版して実績を作るのはどうでしょう?」という相談をいただくが、お勧めしない。自費出版しても2冊目以降の商業出版にはつながらない。処女作は長年アイデアを温めてきた渾身の一作なので、2作目以降はそれよりも見劣りするのが普通だ。処女作の売れ行きが悪いと、それよりも見劣りする2作目の出版が難しくなるのは当然だろう。よく「何事も0から1が難しい」と言われるが、出版の世界では「1から2」がそれ以上に難しいのだ。

 

このように、ビジネス書出版は色々な誤解が渦巻く特殊な世界で、ちょっと面倒なところもあるのだが、好きか嫌いかと言われたら、私は大好きだ。もちろん、良いビジネス書を世に出して企業経営をより良くしたいというのが主な目的だし、コンサルタントとしてビジネスを広げる契機にしたいといった色気もあるのだが、本を書くことで自分が大きく成長できるのが素晴らしい。

 

1冊の本を書くには、たとえ自分の専門分野であっても、改めて勉強し直さなくてはならない。バラバラだった知識・アイデアを抽象化・体系化できる。また、企画を構想する過程で、自分の考えが研ぎ澄まされて行く。出版後には、読者から好意的・批判的な意見をいただくから、そこからも大いに刺激を受ける。これほど成長できる機会は他に見当たらない。

 

コンサルタントや大学教員のような専門職だけでなく、会社勤務のビジネスパーソンなど色々な方がビジネス書出版に挑戦してほしいものである。

(日沖健、2016年10月24日)