独立できる人・できない人

 

この十年ほど、中小企業大学校の中小企業診断士養成課程でコンサルタント養成のお手伝いをしている。毎年150名近い受講者のうち数名からコンサルタントとして独立するべきかどうか、独立して成功するにはどういう準備をするべきか、といった相談をいただく。

 

中小企業診断士養成課程の受講者には、地方の金融機関から派遣された金融マンが多い。地域の将来を担うエリートたちの人生を誤らせてはいけないので、原則として「安定した生活を望むなら、止めておいた方が良いですよ」とアドバイスする。たいていはアドバイス通り独立を思いとどまるのだが、たまに独立に踏み切る方もいる。

 

独立できる人・できない人、独立後コンサルタントとして成功する人・しない人の間には、分かれ目のようなものはあるのだろうか。今回は、独立という行為について考えてみたい。

 

世のマニュアル本によると、独立して成功するためには、ビジョン(夢)と事業計画の2つが大切だと言われる。「こういう事業を実現したい!」という明確なビジョンとビジョンを実現するためにどう行動するべきか、という緻密な事業計画が両輪に揃って、初めて成功が得られる。どちらか一方が欠けても成功しない――

 

一見もっともらしい、コンサルタントとしてまっとうな意見だ。成功者の秘密を解き明かしたナポレオン・ヒルの名著『思考は現実化する』にも、綿密な計画を作り粘り強く行動することが大切だと書かれている。しかし、実態はかなり異なる。たまにビジョンと事業計画の両方をビシッと紙に書いて相談しにくる受講者がいるが、そういう方に限って独立を思いとどまることが多い。

 

とくにネックになるのが事業計画だ。中小企業診断士を取って独立しようという人は、経営に関する高度な知識を持っているので、自分のスキルや市場環境などを客観的に分析し、収入・支出を見積もり、緻密な計画を立てる。そして、頭の良い人が冷静に収入を見積もると、「あまり収入が見込めないな。やっぱり止めておこう」という結論になる。

 

これは、至極当然の帰結だ。経営者から見て新人コンサルタントは、自分の子供のような年齢で、経営経験も人生経験もないヒヨッ子だ。当然、経営者は、新人コンサルタントに自社の将来を左右する相談ごとをするのをためらう。新人コンサルタントが確実に受注を見込めるのは、会社勤務で経験した業務に近いテクニカルな内容の案件であろう。受注件数は少なく、テクニカルな仕事は単価が安いので、十分な収入にならず、独立開業を断念することになる。

 

私に相談に来る受講者たちの多くは、「冷静に考えるとダメそうです。でもやりたいんです。日沖さん、どうでしょうかね」と相談を持ちかけてくるわけだ。

 

しかし、現実に独立開業し、成功を収めているコンサルタントはたくさんいる。そういう人は、何らかの形でこの“合理性の罠”を克服したわけだ。元々お金持ちで収入に関心がない、コンサルタントへの想いが強い、収入の見積もりを間違えてしまった、といった理由が考えられる。

 

私は成功者とまでは言えないので僭越だが、自分が独立開業した頃を思い起こすと、「成功確率は低そうだ。でも、綿密な計画など作らず、とりあえずやってみよう。ダメならサラリーマンに戻れば良い」という感じだった。1歳と4歳の子供がいて、住宅ローンも抱え、今でも周囲からは「よく決断しましたね」と言われるが、真剣に考えて決断したわけではなかった。かなりいい加減だった。

 

独立開業するには、このいい加減さが大切だ。世のマニュアル本は真剣に考えることの重要性を説くが、真剣に考えたら何も始まらない。「清水の舞台から飛び降りる」覚悟ではダメで、小さなぬかるみを軽くジャンプして飛び越えるくらいの感覚でちょうど良い。

 

ただし、真剣に考えず気軽に独立するには、失敗しても生活の不安がないことが大切だ。元々電気工だった松下幸之助は、「もしうまく行かなかったら、またペンチを握って電気工に戻れば良い。自分と家族が飯を食うだけなら何とかなる」と創業時の心境を披露している。

 

結局、独立できるかどうかは、「ダメでも何とかなるさ」と楽観主義で考えられるかどうか、ということだろう。独立後成功するためには色々なポイントがあるのだが(今回は触れない)、そもそも独立しないことには成功は生まれない。コンサルタントとして成功するための最大のポイントは、楽観的であることと言えようか。

(日沖健、2016年9月19日)